帯広の奇跡…9回裏に突如マシンガン大連射 6点差を追いつき日没コールドに/連載7

横浜DeNAベイスターズの25年…四半世紀ぶりの優勝を祈念する企画連載の第7弾は、「帯広の奇跡」です。2位中日との試合はリードを許す展開で、9回表にもダメ押しと思われる3失点。6点のリードを許して9回裏の攻撃を迎えました。敗戦ムードが濃厚の中、マシンガン打線が突如として火を噴きだし、同点に追いつきました。延長に入るも、ナイター設備がない球場のため日没コールド。引き分けながら止まらない勢いに、チーム内でも優勝を意識する声が出始めます。

プロ野球

デーゲーム後は移動せず休養

横浜ベイスターズは1998年、試合後の移動を廃止していました。

プロ野球界の通例ではデーゲーム後、夜のうちに次の遠征地へ移動し、朝はゆっくり過ごします。しかし、権藤博監督が「試合後の移動は慌ただしい。ゆっくり休んで、翌朝に移動した方が体の負担が軽減できるのではないか」と提案し、採用されたのです。

7月3日から鹿児島、熊本、大阪、釧路、帯広と、日本中を縦断するようなスケジュールが組まれていました。

最後は12日に帯広で中日とのデーゲームを戦い、その日は帯広で過ごし、試合がない翌13日に横浜へ帰る予定でした。一方、相手の中日は、試合後に次の遠征先である広島へ移動することになっていました。

そのスケジュールが、試合に影響したかは分かりません。

1998年7月12日、横浜―中日戦が行われた帯広市民球場

1998年7月12日、横浜―中日戦が行われた帯広市民球場

1998年7月12日。

横浜は1回裏、4番ロバート・ローズの7号2ランで先制しました。佐々木主浩が敗戦投手になった翌8日から3連勝中で、勢いそのままの攻撃でした。

しかし、2回表に先発の野村弘樹が中日打線につかまり、1イニングで7安打を浴びて大量5点を失います。

打線も相手の野口茂樹を攻略できず、4回に1点を返すのが精いっぱい。逆に7回に1失点、9回にも3点を失いました。

9回表を終えて3―9と6点を追う展開です。9回の3失点がダメ押しで、勝負ありの展開といっていいでしょう。

最終回を迎えると、記者は会社に電話を入れて原稿の打ち合わせをします。私は敗戦の短い原稿を書くように指示を受けました。

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編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。