【高校野球トーーク!/西武編】栗山、愛斗、平良に稼頭央監督…忘れ得ぬ「あのころ」

ほとんどのプロ野球選手は、いくつになっても「元高校球児」です。7月や8月はそれぞれの母校の結果をめぐって、ロッカールームでも悲喜交々で盛り上がるようです。西武の首脳陣や選手たちに「高校野球」をテーマに、いろいろと回想してもらいました。

プロ野球

「アニメで見たようなストーリー」

気温は日に日に上がり、じっとしているだけで汗が浮き出る。暑く熱い季節に、松井稼頭央監督(47)は「寂しい。ほんと寂しい」としみじみ話す。

平石洋介ヘッドコーチ(43)も「寂しいっすよ~、みんな、この時期は良くも悪くもそういう会話するじゃないですか。切ないっすね」と同調する。

PL学園時代の松井稼頭央投手=1992年4月

PL学園時代の松井稼頭央投手=1992年4月

2人はPL学園(大阪)の出身で、一世を風靡してきた硬式野球部は16年夏から休部になった。

松井監督は続ける。

「弱くてもいい。あることに意味があるからね。そうしたらまたどこかで強くなる可能性もあるし」

厳しい寮生活と練習で、一生モノの仲間を手に入れた。青春の居場所がなくなってしまい、寂しい。

PL学園の平石洋介は生還しジャンプして大喜び=1998年8月

PL学園の平石洋介は生還しジャンプして大喜び=1998年8月

首脳陣2トップだけではない。選手にも似た思いを抱える人がいる。

「寂しいですね。もう4年くらい、休部してるんです。選手、なかなか集まらないみたいで」

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。