【高校野球トーーク!/西武データベース編2】源田、今井、平良、山田…13通りの夏

プロ野球選手はかつて高校生でした。何かのご縁があって、高校球児としての彼らを日刊スポーツ記者が取材させていただいたケースも少なくはありません。ピコピコピコと会社のデータベースをのぞいてみると、担当する埼玉西武ライオンズの選手たちの青春も、あちこちに。少しだけですがおすそ分けします。2回連載の後編。

プロ野球

▼「高校野球トーーク!」▼

連載一覧はこちらから

高校通算本塁打「1本」「練習試合っす」

日刊スポーツのデータベースに、大分商・源田壮亮の記事は残っていない。

10年夏、3年生として大分大会を戦った。日刊スポーツに限った話ではないようだ。インターネットで検索しても、当時の情報がほとんど出てこない。

「記事に出たこと、ないです。個人的に取材を受けたようなことも覚えてないですね」

高校通算本塁打は?

「1本」

炎天下、苦笑いしながら答える。「しかも練習試合っす」

打順は?

「2番。1番とか3番がケガとかでいない場合は、1番とか3番打つ試合もありましたね」

そんな高校時代。

「当時、もう明豊が強かった。でも明豊からは声掛からなかったです。中学も高校もちっちゃかった。背が伸びたの、高2の冬です。普通の高校生です。どこにでもいる高校生」

そんな彼が13年たった今年、世界の野球ファンをワクワクさせた。


14年夏、甲子園の組み合わせ抽選会。明徳義塾(高知)の岸潤一郎は、くじ引きをした壇上からチームメートにわびた。

「2大会連続で強豪校を当てたら、そりゃブーイングですよね」

初戦の相手が智弁学園(奈良)に決まった。大会屈指のスラッガー、岡本和真がいる。小学校の頃から互いの顔くらいは知っていた。開会式前に「頑張ろう」と自分から声を掛けた。

2安打されたが、試合には勝った。「打たれたけど、気にならなかったです」と勝利を喜んだ。

開会式でお互いの帽子を交換し健闘をたたえ合う智弁学園・岡本和真(左)と明徳義塾・岸潤一郎=2014年8月

開会式でお互いの帽子を交換し健闘をたたえ合う智弁学園・岡本和真(左)と明徳義塾・岸潤一郎=2014年8月

「内田篤人似」仙台のイケメン1年生

14年夏、敦賀気比(福井)の2年生平沼翔太は、甲子園大会中に17歳になった。その翌日、完投勝利で福井県勢の夏の甲子園通算50勝に貢献した。

小学校6年でヤングリーグ「オールスター福井」に体験入部。その才能に惚れたのが、巨人、阪神で活躍した今は亡き小林繁氏。「平沼は天才だよ。必ずプロの世界に行く投手」と語っていたという。

まずは翌春、全国大会の優勝投手になった。8年たった今はマウンドを下り、バットで勝負する。

17歳の誕生日翌日、春日部共栄を1失点に抑え完投する敦賀気比・平沼翔太=2014年8月17日

17歳の誕生日翌日、春日部共栄を1失点に抑え完投する敦賀気比・平沼翔太=2014年8月17日

15年夏、宮城大会。日刊スポーツ東北版に「サッカー日本代表・内田篤人似の背番号18が華々しくデビューした」という書き出しの記事が載った。

本文残り70% (2337文字/3319文字)

1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。