若者との接し方【イケオジ異業種対談完全版】ロッテ吉井監督×武豊騎手/連載〈1〉

豪華な“イケオジ”対談が実現しました。今年、プロ野球12球団の監督で最年長となった千葉ロッテマリーンズの吉井理人監督(59)と、ジョッキー生活39年目を迎えたJRAのレジェンド武豊騎手(55)。お互いをリスペクトする2人が6年ぶりに再会しました。

野球界、競馬界の第一線を走り続ける秘訣(ひけつ)を明かし、世界へ挑戦する若者にエールを送った豪華対談を、全3回にわたり掲載します。【下村琴葉、星夏穂】

プロ野球

◆吉井理人(よしい・まさと)1965年(昭40)4月20日、和歌山県生まれ。箕島から83年ドラフト2位で近鉄入団。88年最優秀救援投手。95年トレードでヤクルト移籍。97年オフにFAでメッツ入団。ロッキーズ、エクスポズを経て、03年オリックスで日本球界復帰。07年途中ロッテに移籍し同年引退。日米通算121勝129敗62セーブ、防御率4・14。23年からロッテの監督を務める。187センチ、89キロ。右投げ右打ち。

◆武豊(たけ・ゆたか)1969年(昭44)3月15日、京都府生まれ。87年に騎手デビュー。88年菊花賞(スーパークリーク)でG1を初制覇。22年にはドウデュースで史上最多6度目の日本ダービー制覇を果たした。JRAリーディングは史上最多の18回。最多勝利・最高勝率・最多賞金獲得の騎手大賞は9回受賞している。JRA通算4563勝(2日終了時点)は歴代最多を更新中。うちG1は83勝。

◆2人の出会い95年に共通の知人を通じて親交が始まった。吉井監督は「そんなん、もうスーパースターやから。ドキドキしていたよね」と振り返り、武豊騎手も「関西の方なんで、なんか話しやすいなと。僕の後輩とかもすごくかわいがっていただいたので」と懐かしむ。00年に吉井監督(当時投手)が東海岸のメッツから、ナショナル・リーグ西地区のロッキーズへ移籍。同年に武豊騎手が米西海岸に拠点を置き、米国で会う機会が増えたことでさらに仲を深めた。19年1月には、馬主である吉井監督の所有馬マゼに武豊騎手が騎乗し、勝利を挙げている。

所有馬マゼ初勝利19年以来の再会

19年1月6日の京都競馬2R、マゼで勝利を上げた吉井オーナー(左)と武豊騎手

19年1月6日の京都競馬2R、マゼで勝利を上げた吉井オーナー(左)と武豊騎手

―いつ以来の再会

吉井監督(以下、吉井)あれかな、マゼが勝った時かな。初勝利の時以来かな。

武騎手(以下、武)そうですね。

―出会いはいつ頃

吉井もう遠い昔で95、96年ぐらいだったかな。ヤクルトにいる時。

元野球記者で競馬記者の人が共通の友達でいて、それで野球選手とジョッキーとでご飯を食べて。

ちょくちょくやってましたよね。

―当時のお互いの印象は

吉井そんなん、スーパースターやから。ドキドキしていた。

関西の方なんで、話しやすいと。僕の後輩とかもすごくかわいがっていただいた。幸(英明)とかね、(田中)勝春とか。

吉井そうやね。2000年くらいか。わしがコロラドにおった時、西海岸の遠征が多くて、1回サンタアニタの競馬場のジョッキールームに連れて行ってもらった。いい経験させてもらった。

ロッカーが似てるって言ってましたね。

吉井うん、メジャーリーグのロッカーとよく似ていて、ビリヤード台が置いてあったね。

米西海岸の居酒屋サシ飲み

00年ロッキーズ時代の吉井

00年ロッキーズ時代の吉井

―異国の地にお互いがいる心強さも

吉井楽しみだった。あの西海岸遠征の時は。

居酒屋とか行きましたね

吉井居酒屋行ったね

テレビを見て、吉井さんが投げてるとうれしかった。

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1999年5月生まれ。千葉県柏市出身。専大松戸中学から専大松戸高校に進学し、野球部マネージャーを経験。青山学院大学文学部フランス文学科に入学し、フランス語やフランス文化について学ぶ。
2022年4月に入社。同年10月から野球部配属でアマチュア野球担当、23年11月からロッテ担当を務める。
趣味はアイドル鑑賞。乃木坂、櫻坂、日向坂の他にもk-popやTIFなど、これまで数々のライブに参戦。ライブでレスをもらうことが生き甲斐で、推しの系統は常に笑顔を振りまく前髪をしっかり固めたキラキラ王道アイドル。猫を3匹飼っているが、1匹しか懐いていない。好きな食べ物はお好み焼き。