【さよならプロ野球】オリックス佐野皓大 投→野 内→外 右→両 11年変化恐れず

今年も親しんだチームのユニホームを脱いだ選手たちがいます。引退した人もいれば、海外に新たな道を見つけた人も。オフ恒例の「さよならプロ野球」を12球団ごとにお届けします。

第8回はオリックス佐野皓大外野手(29)。

プロ野球

◆佐野皓大(さの・こうだい)1996年(平8)9月2日、大分県生まれ。大分高では投手で3年夏に甲子園出場。14年ドラフト3位でオリックス入団。17年オフに育成契約となり、野手転向。18年7月に支配下に復帰し、同年1軍デビュー。19年7月6日ソフトバンク戦で初本塁打。20年にチーム最多の20盗塁。182センチ、80キロ。右投げ右打ち。

本格派投手として14年にドラフト3位指名。その後は野手へ。両打ちに挑戦するなど、打者としても努力は惜しまなかった

本格派投手として14年にドラフト3位指名。その後は野手へ。両打ちに挑戦するなど、打者としても努力は惜しまなかった

愛され男の第一声「しんどかった」

背番号「41」のユニホームは次世代に引き継がれる。

オリックス佐野皓大外野手(29)が現役を引退。後輩に慕われ、ファンに愛された男。球団への「恩返し」の道がスタートする。

11年の現役生活を問われ、真っ先に出てきたのは「しんどかった」の言葉だった。

それでも「いろんなことに挑戦できたことはこれから生かせるかなと思っています」。プロ野球選手としてもがいた時間がこれからの長い人生の背中を押す。

23年11月23日、優勝パレードでバスからファンに手を振る

23年11月23日、優勝パレードでバスからファンに手を振る

大分高時代 最速150キロ超え本格派右腕

支配下から育成、投手から野手、内野から外野、右打ちから両打ちと、挑戦を続けた。

大分高では最速150キロ超えの本格派右腕として3年夏に甲子園出場。14年ドラフト3位で入団した。

3年目の17年オフ。転機が訪れた。俊足とバットコントロールが買われ、野手に転向。マウンドを降り、必死にバットを振り込んだ。

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2000年(平12)福岡・中間市生まれ。九州国際大付(福岡)では放送部に所属し、高校野球福岡大会の球場アナウンスを担当。神戸女学院大から23年に入社。
アマチュア野球取材を経て、24年から阪神担当。学生時代は第53期サンテレビガールズや豊中えびす福娘代表を務める。趣味は動物園巡りと、ご当地ちいかわ集め。