【三浦佳生〈上〉】「“バケモノ"がいた」佐藤駿に衝撃を受けた日、悔しかった小4秋

日刊スポーツ・プレミアムでは「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。

シリーズ第48弾では、今日6月8日に20歳の誕生日を迎えた三浦佳生(オリエンタルバイオ/明治大)が登場します。疾走感のある演技を武器に、23年に4大陸選手権を史上最年少の17歳8カ月で制覇。24年には世界選手権に初出場しました。来季はミラノ・コルティナ五輪の出場権獲得を目指します。

全3回連載の上編では、幼少期からノービスBの2年目までを回想。スケート人生は悔しさとともにありました。このコーナーは毎週月曜に連載していますが、今回は誕生日を記念して1日前倒しでお届けします(敬称略)。

フィギュア

◆三浦佳生(みうら・かお) 2005年(平17)6月8日、東京都中央区生まれ。馬込東中―目黒日大高―明治大。5歳から本格的に競技開始。17年全日本ノービス選手権Aで優勝。21年11月の全日本ジュニア選手権優勝。同12月の全日本選手権は北京五輪代表の羽生結弦、宇野昌磨、鍵山優真に次ぐ4位。シニア本格参戦の22―23年はGPシリーズで2戦連続2位となってファイナル進出(5位)。23年2月の4大陸選手権を男子史上最年少(17歳8カ月)で優勝。同3月の世界ジュニア選手権優勝。同11月のフィンランド杯でGPシリーズ初優勝。24年世界選手権8位。好きなプロ野球チームはソフトバンク。168センチ。

画面越しに見た世界選手権

2025年3月下旬。

三浦は画面に釘付けになっていた。

「すごかったです。めちゃくちゃすごかったです」

目に焼き付けたのは、米国ボストンで開かれた世界選手権。男子シングルでは、鍵山優真が銅メダル、佐藤駿が6位、壷井達也が21位と奮闘した。

インタビュー後に今季の佐藤駿のSP冒頭のポーズをする三浦佳生(2025年5月撮影)

インタビュー後に今季の佐藤駿のSP冒頭のポーズをする三浦佳生(2025年5月撮影)

特に幼少から競ってきた鍵山と佐藤の演技を見る時は、自然と力が入った。

「出ていない僕が言うのも変な話かもしれませんが、優真はメダルが取れて本当に良かったです。フリーは少しヒヤッとしたので。駿は初めての世界選手権であれだけできるのかと。すごかったですね」

2学年上の2人の姿に、1年前の自分を重ね合わせる。

2024年3月。三浦は初めて世界選手権に出場し、合計254・72点で8位となった。

ショートプログラム(SP)では4回転トーループで転倒。フリーでも4回転で2本転倒した。

ただただ、力の無さを感じた初舞台だった。

「順位は悪くなかったかもしれませんが、内容があまり良くなかったので悔しいです。8位は上出来に見えるけれど、内容的には悔しかったです」

24年世界選手権に初出場してフリーに臨む三浦佳生(同3月撮影)

24年世界選手権に初出場してフリーに臨む三浦佳生(同3月撮影)

悔しい―。

それは今春の世界選手権の前にも、胸に抱いた感情だった。

「悔しいって思ったのは、ショートが始まる少し前くらいですね。今季は(左)太ももの影響もありましたけど、3月後半は調子も良かった。やり方によっては、全然出られたなと思いました。大会が始まってからは吹っ切れて、楽しみながら見ていましたが」

生まれて20年。

その感情があったからこそ、今がある。

スケート人生は、悔しさとともにあった。

23年GPファイナルの公式練習で気合の入った表情を見せる三浦佳生(2023年12月7日撮影)

23年GPファイナルの公式練習で気合の入った表情を見せる三浦佳生(2023年12月7日撮影)

本文残り78% (4169文字/5373文字)

岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。