重慶に響いた日下匡力コーチの絶叫 キス・アンド・クライで感じ取った佐藤駿の成長

フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第2戦中国杯の男子で、佐藤駿(21=エームサービス/明大)が大会連覇を飾りました。

6月末のアイスショーで右足首を負傷しながらも、今季世界5位の合計278・12点。来年2月のミラノ・コルティナ五輪の3枚の切符をつかむべく、絶好のスタートを切りました。

幼い頃から佐藤を指導する日下匡力コーチの視点を交えながら、ケガからの復調までにあったストーリーを描きます。(本文敬称略)

フィギュア

10月27日中国杯 女子で銅メダルを獲得した渡辺倫果と

10月27日中国杯 女子で銅メダルを獲得した渡辺倫果と

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2025年10月25日。最後の滑走を終え、得点を待つキス・アンド・クライ(キスクラ)。普段はアーティストのライブで使用される華西文化体育センターに張り詰めていた緊張感が、一瞬で一転した。

スクリーンに合計得点と優勝を示す「1」の数字が表示されると、会場に歓声よりも先に響き渡ったのは日下の絶叫だった。

「やったーっ!!!」

抑えきれない喜びが爆発。勢いよくその場に立ち上がると、両腕をはち切れんばかりに広げ、上体を反らして息の続く限り声を張り上げた。続けて、隣に座る愛弟子に「しゅーーーん!」と抱きつくと、少年のような無邪気さで声を弾ませた。

「頑張ったな、お前。ホントにえらかったなー!」

少し照れくさそうにスルリと腕から抜け出す佐藤。だが、そんなことはお構いなし。再び「やったよ、マジで」とぐいっと抱き寄せると、「ホントにすごいよ、お前! よく頑張った! なんだよー…もう! うれしい!」。テレビの中継カメラなどまるで眼中にない様子で、称賛の言葉をまくしたてた。

ISUの公式インスタグラムから

ISUの公式インスタグラムから

日下の興奮は、瞬く間にSNSで関連ワードがトレンド入り。今大会で、大いに注目を集めたキスクラでの一幕だった。

それから少し時間がたち、日下は自らミックスゾーンに姿を現した。記者の質問を受ける前に、上機嫌で切り出す。

「はい。最高です!」

そして、にこにこと笑いながら、言葉を紡いだ。

「僕、最初からそれを言いたかったんです。あははは(笑い)。やっぱり、苦しんでいた経験もすごく知っていて、もちろん今も少し(痛みが)残っている部分もあるんですが、そういうのもいろいろ戦って克服して…。そういう経緯があったので、もうほんとに喜びがあふれました」

そんな報道陣とのやりとりの様子を、MFアカデミーのコーチで2学年年下の中庭健介がにやりといたずらっぽく笑いながら陰でコッソリと撮影していたが、本人は気付いていなかったに違いない。愛弟子へのあふれんばかりの思いを語るので、精いっぱいだったのだから。

恩師のそんな姿に、佐藤は「いつも通り、なんか僕よりも喜んでいるなと思いました」と振り返った。ややあきれたように、それでいてどこか幸せそうな、穏やかな口ぶりが印象的だった。

24年12月GPファイナル 銅メダルを獲得して…

24年12月GPファイナル 銅メダルを獲得して…

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2人は約1年前も同じ重慶で、同じような光景で「バズった」。

佐藤がシリーズ初優勝を飾った24年GPシリーズ第6戦中国杯。キスクラで両手を突き上げて喜ぶ師弟の姿が、「リンクしている」と話題をさらった。

だが、あの時と違った点がある。2人の左右の並びと、佐藤の振る舞いだ。

右足首のケガを抱えながら、大会前には「どうなるかわからない」と打ち明けていた今大会。それでもふたを開けてみればショートプログラム(SP)、フリーともにミスのない演技で優勝。今年の世界選手権銀メダルのシャイドロフ(カザフスタン)らを抑えての連覇にもかかわらず、歓喜の瞬間は、わずかに拳を握っただけだった。

その理由を、佐藤はこう明かした。

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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。