昇格しても喜べない その裏にあった同期との友情/三役格行司・式守勘太夫〈下〉

ギラン・バレー症候群を乗り越えた式守勘太夫(56=朝日山)は、三役格行司になりました。

めでたい出世のはずが、喜んでいません。それはなぜか? 同期の幕内格行司・木村元基(56=湊)のことを気にかけていたからでした。

大相撲

◆式守勘太夫(しきもり・かんだゆう)本名・菊池浩。1968年(昭和43年)11月15日、東京生まれ。中学卒業後の1984年4月に日本相撲協会に採用され、同年夏場所初土俵。これまで式守国浩、式守錦之助、式守与太夫、式守与之吉を名乗り、2019年夏場所から12代式守勘太夫を襲名。昨年12月23日付けで三役格に昇進した。家族は妻と2男。

今は喜べない三役格への昇進

出世をすれば、給料が上がる。それは行司の世界でも同じだ。

基本的に年に1回、日本相撲協会は行司の昇進を発表する。

今年1月の初場所の番付発表から、勘太夫は幕内格から三役格に昇格した。

給料だけでなく、外見も変わる。

左が三役格、右が幕内格の式守勘太夫。三役格になると、草履を履くようになり、菊綴と軍配の房が紅白から朱になる。右の腰に印籠を携えることができる

左が三役格、右が幕内格の式守勘太夫。三役格になると、草履を履くようになり、菊綴と軍配の房が紅白から朱になる。右の腰に印籠を携えることができる

軍配の房(ふさ)や菊綴(きくとじ)は、紅白から朱へ。足袋で土俵に上がっていたが、草履を履けるようになる。印籠を携える。重厚感あふれる装いが、伝統文化を支える一員であることを実感させる。

三役格の上は、立行司の式守伊之助と木村庄之助しかいない。

行司の最高位に近づいているものの、勘太夫の顔は浮かない。

「今回上がったことも『うれしい』とか『やった!』なんて、あんまりそういう気持ちもないんですよね」

理由がある。

「位(くらい)が上がっていくたびにそうなんですが…。僕、元基さんが同期なんですよ。順番だと僕が先に上がりますが、元基さんが同格になってやっと、オレも幕内格になったとか、三役格になったとか、そういう気持ちになれるんです。だから、今はピンとこないんです。これから元基さんが三役格になってやっと、オレも三役格だと。そんな気持ちですね」

勘太夫のやさしさがにじむものの、意外な告白に聞こえた。

果たして、本当にそんなことがあるだろうか。

昇進時期に差が出た理由

私は、事情をかみ砕きながら聴いていった。

角界において、年齢は関係なく、1日も早く入門した者が「兄弟子」となる。これは力士に限らず、行司、呼び出し、床山という裏方においても同じだ。

力士の場合、勝っていけば番付は上がる。若くても横綱になれる。行司の場合、技量や勤務態度が評価基準にあるものの、近年は基本的に「年功序列」。在籍年数の長い兄弟子から順に出世していく。よほどの不祥事や健康問題がない限り、その序列は入れ替わらない。

春場所2日目、土俵上の木村元基(右)と控えに座る式守勘太夫(中央)

春場所2日目、土俵上の木村元基(右)と控えに座る式守勘太夫(中央)

勘太夫と元基はともに、中学を卒業した直後の1984年4月に日本相撲協会に行司として採用された。5月の夏場所で初土俵を踏んだ。2人とも15歳だった。

2人の番付は、次の通り。幕下格までの昇格は同時期だったが、十両以上から差が付いた。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。