【青森県の歴史を守った男】満身創痍の錦富士が勝ち越した日、妻は泣いていた

錦富士(29=伊勢ケ濱)が、青森県の歴史を守りました。西十両3枚目で臨んだ9月の秋場所は11勝4敗。11月の九州場所での再入幕を確実にしました。

青森県出身の幕内力士は、142年も途切れていません。ケガで全休した尊富士(26)は十両への陥落が確実な状況で、錦富士が幕内に戻ります。

首、肘など満身創痍の中、使命を背負って戦い抜いた15日間―。錦富士に今の思いを聞きました。

大相撲

「青森の誇り」

秋場所13日目、錦富士は元大関の朝乃山に勝った。

秋場所13日目、上手投げで朝乃山(左)を破る錦富士(撮影・宮地輝)

秋場所13日目、上手投げで朝乃山(左)を破る錦富士(撮影・宮地輝)

この一番で、審判に入っていた安治川親方(元関脇安美錦)は、錦富士についてこう語る。

「心が震えました。いい相撲だった。とんでもないものを急に背負わされてよく頑張った。土俵下で見ていて胸が熱くなり、涙が出ました。誇りに思います。これで青森の歴史も大丈夫。ねぎらいたい。頑張ってくれてうれしい。青森の誇りだと思います」

青森県出身の後輩へ向けた最大級の賛辞だった。

引退相撲で安治川親方(元関脇安美錦)の大銀杏にはさみを入れた錦富士(右)

引退相撲で安治川親方(元関脇安美錦)の大銀杏にはさみを入れた錦富士(右)

あらためて、事情を整理してみる。

青森県出身の幕内力士は、1883年(明治16年)5月場所で新入幕となった一ノ矢以降、142年間も幕内力士が途絶えていない。

以下は、明治16年5月場所以降の青森県出身幕内力士の一覧表だ。


最高位しこ名新入幕
大関一ノ矢明治16年5月
関脇綾浪明治19年1月
小結千年川明治20年5月
関脇源氏山明治22年5月
前1北海明治23年1月
前1外ノ海明治25年1月
前6頂キ明治31年5月
前1鬼竜山明治32年5月
前13緑川明治33年5月
関脇浪ノ音明治39年1月
小結千年川明治41年1月
関脇綾浪明治43年1月
前7雲竜明治43年6月
前4八甲山明治44年2月
前4十三ノ浦明治44年2月
前9櫻川明治45年1月
前2立汐明治45年5月
初代大ノ里の写真と2代目大の里の手形を持つ、初代大ノ里の一族の天内(あまない)司さん

初代大ノ里の写真と2代目大の里の手形を持つ、初代大ノ里の一族の天内(あまない)司さん


前13小ノケ崎大正2年1月
関脇綾川大正3年1月
前10大ノ高大正6年5月
大関大ノ里大正7年5月
前1綾錦大正11年1月
大関清水川大正12年1月
前1外ケ濱大正13年5月
横綱鏡里の土俵入り(1953年3月撮影)

横綱鏡里の土俵入り(1953年3月撮影)


前11潮ケ濱昭和3年3月
大関鏡岩昭和3年3月
関脇綾川昭和5年5月
前5藤ノ里昭和5年5月
前7綾ノ浪昭和5年5月
前5鷹城山昭和7年2月
前5綾若昭和9年5月
前3松ノ里昭和14年5月
小結櫻錦昭和15年1月
前14武ノ里昭和15年5月
前6陸奥ノ里昭和16年1月
横綱鏡里昭和22年6月
前6鬼竜川昭和22年11月
前21柏農山昭和23年5月
前20梅錦昭和23年10月
前5神錦昭和24年1月
横綱若乃花昭和25年1月
前1出羽湊昭和28年5月
前13出羽ノ花昭和29年1月
前6大瀬川昭和29年3月
前8芳野嶺昭和30年5月
関脇青ノ里昭和34年1月
初代若乃花の土俵入り(1961年11月20日撮影)

初代若乃花の土俵入り(1961年11月20日撮影)


横綱栃ノ海昭和35年3月
前6追風山昭和35年5月
前4一乃矢昭和36年7月
小結二子岳昭和42年1月
関脇陸奥嵐昭和42年3月
大関貴ノ花昭和43年11月
前5魁罡昭和44年1月
前7栃勇昭和44年7月
小結若獅司昭和48年1月
横綱若乃花昭和48年11月
横綱隆の里昭和50年5月
関脇魁輝昭和50年11月
関脇出羽の花昭和52年11月
前2三杉磯昭和52年11月
前8大觥昭和53年5月
横綱旭富士昭和58年3月
横綱土俵入りを披露する旭富士(1991年6月12日撮影)

横綱土俵入りを披露する旭富士(1991年6月12日撮影)


小結舞の海平成3年9月
大関貴ノ浪平成3年11月
小結浪之花平成4年9月
関脇若の里平成10年5月
小結海鵬平成10年5月
関脇追風海平成12年3月
前6十文字平成12年5月
小結高見盛平成12年7月
関脇安美錦平成12年7月
小結岩木山平成14年11月
前14寶智山平成18年9月
前13安壮富士平成18年11月
前8将司平成20年7月
前3武州山平成20年11月
関脇宝富士平成23年7月
前6誉富士平成25年5月
小結阿武咲平成29年5月
断髪式に臨んだ貴ノ浪は、涙をこらえながら二子山親方(元大関貴ノ花)にはさみを入れられる(2005年1月30日撮影)

断髪式に臨んだ貴ノ浪は、涙をこらえながら二子山親方(元大関貴ノ花)にはさみを入れられる(2005年1月30日撮影)


前3錦富士令和4年7月
前4尊富士令和6年3月

相撲王国の記録

秋場所の番付で、青森県出身の幕内力士は東前頭12枚目の尊富士のみ。7月の名古屋場所で上腕二頭筋を断裂したため全休し、次の九州場所では十両への陥落が確実。西十両3枚目の錦富士か、東十両12枚目の宝富士(38=伊勢ケ濱)が好成績を挙げて再入幕を果たさない限りは、記録が途切れる状況だった。

12枚目の宝富士は、もともと大勝ちしなければ上がれない番付だが、10日目に負け越した(場所後に引退)。事実上、錦富士に記録継続の望みは託されていた。

142年の記録は尊い。2位は茨城県の43年、3位は熊本県の11年。2位以下に大差をつけている青森県の記録は、不世出と言っていい。

これまでの横綱75人のうち、青森県は鏡里、初代若乃花、栃ノ海、2代目若乃花、隆の里、旭富士の6人を輩出してきた。「相撲王国」と呼ばれるゆえんでもある。

支度部屋で腕を組む初代若乃花(1958年3月21日撮影)

支度部屋で腕を組む初代若乃花(1958年3月21日撮影)

近年は青森県の相撲人口が減った影響もあり、今年の夏場所からは尊富士が唯一の幕内力士だった。

この背景を知ると、錦富士の偉業がよく分かる。

体がボロボロになりながらも奮闘した錦富士に、場所休み後の10月4日に取材した。

◆錦富士隆聖(にしきふじ・りゅうせい)本名・小笠原隆聖。1996年(平成8年)7月22日生まれ、青森県十和田市出身。小学校で相撲を始め、十和田市立十和田中から三本木農高へ。高校時代は3年時に宇佐大会3位。近畿大に進学も、2年時に中退して角界入り。伊勢ケ濱部屋に入門し、2016年秋場所初土俵。2020年秋場所新十両、2022年名古屋場所新入幕。最高位は西前頭3枚目。敢闘賞1回。家族は静香夫人と2男。得意は左四つ。184センチ、150キロ。

伸びない肘

―場所休みはどうされていましたか

秋場所が終わった瞬間から、寝れないぐらい首が痛くて、月、火は治療を受けて、水曜日は食事会があり、木曜日は宝富士関の引退があったんで、みんなでお花を渡したりしてました。その後は、僕らも家族で温泉行ってゆっくりして。金曜日はまた治療を受けました。

伊勢ケ濱部屋のインスタグラムから

伊勢ケ濱部屋のインスタグラムから

―首の状態はいかがですか

場所中もほぼ毎日治療していました。多い時だと2、3カ所、掛け持つかたちで治療していました。場所中は、気も張ってるしアドレナリンも出てるんで、肘や足首も持ちこたえてくれました。終わった瞬間、安堵感もあって、朝から立てませんでした。右足首は、靱帯が3本切れてます。それをかばってたから、左の股関節も痛くて、立てなくて…。肘もロックがかかって、もう曲げ伸ばしができません。

首もずっと痛いんです。画鋲1000本ぐらいで背中を刺されながら、偏頭痛のズキズキが常にあるみたいな感じです。だからもう、治療しなかったらもうまともに日常生活を送れないなっていうぐらい、特に今場所は疲れました。

挙式を終えた錦富士は報道陣からの要請を受けて静香夫人をお姫さま抱っこする(2023年5月10日撮影)

挙式を終えた錦富士は報道陣からの要請を受けて静香夫人をお姫さま抱っこする(2023年5月10日撮影)

金曜日になって、治療を受けて元気になったんで、家族のご飯を僕が作りました。場所前から場所中までずっと、奥さんが全部やってくれてるんで。料理するのじゃ嫌いではないので、家族サービスじゃないですけど、子供たちと一緒に過ごしてました。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。