円熟の、そして涙の優勝だ。村上博幸(40=京都)が5年ぶりのG1制覇を果たした。4日制以上では3個目のG1タイトル。三谷竜生が先行する絶好の展開をものにし、ゴール前で鮮やかに差した。2着は逃げた三谷。G1初Vを狙った清水裕友は、3番手から猛追したが届かなかった。

不惑で手にしたG1タイトルは、自画自賛するほど完璧な追い込み勝利だった。「久しぶりに確信を持ってゴールできた」。打鐘先行の三谷を抜き去りながら「こうペダリングしたら勝てるな、と思った通りに踏めた」。そして「今の精神状態で初タイトルの時の足があれば、もっと行けた」。熟練の技と経験値による、会心のV差しだった。

場内インタビューでは涙があふれた。全日本選抜からの5年間に、166センチの体には落車の傷がいくつも刻まれた。輪界無双の脇本雄太の本格化もあった。そこで一念発起し、暴飲暴食をやめた。「ここ数年、家族には迷惑をかけた。全ての面で、今できることをやろうと」。さらに、練習方法でも原点に立ち返った。「ワッキー対策もしたけど、自分の良さであるヨコが消える。僕の体ではラグビーのFWは無理。SHで頑張ります」と笑った。

厳しい賞金争いを演じていたグランプリ(GP)出場も決めた。舞台は9年前に制した立川だ。今大会の勝利の陰には、兄義弘の喝もあった。博幸は日競選理事長杯の並びを巡り、4番手を申し出ていた。ところが兄は言った。「GPに本気で出たいなら、そんなんでいいんか!」。これで目が覚めた。

「GPが目標だったのでこれで目標を見失わないように。今はまだ考えられないですけど」と苦笑する。ただ、答えは出ている。兄はレース直後、こう声をかけてきた。「おう、これで3つ目か。グランドスラムまで、あと3つや」。【山本幸史】

◆村上博幸(むらかみ・ひろゆき)1979年(昭54)4月15日、京都市生まれ。花園高卒。競輪学校86期生として01年8月デビュー。10年KEIR1Nグランプリ優勝。G1は10年日本選手権(ダービー)など4回目の優勝(4日制以上は3回目)。G2は07年共同通信社杯など3勝。通算1370走355勝。通算獲得賞金は9億969万3265円。166センチ、69キロ。血液型O。