春爛漫の3月下旬。桜の花は満開の時を迎え、暖かな日差しが体全体を包み込む。自然と気分が華やぐシーズン到来である。同時に卒業シーズンでもあり、多くの若者たちが新たなステージへと旅立った。そんな折、ドイツから一通のメールが届いた。

 慶応義塾大学を卒業し、今年からドイツへ渡り、プロ選手となった渡辺夏彦選手(22)からだった。渡辺選手は今年1月に日本を発ち、ブンデスリーガ3部VfRアーレンと契約。既に新たな挑戦をスタートさせている。

■「恥の意識」と「勘違い」

 チームは31節を終了し、11勝11分け9敗の勝ち点44で8位。FW、MFでプレーする渡辺選手は毎節ベンチ入りこそしているが、まだデビューには至っていない。それでも日々の生活は充実しているようだ。彼にとってドイツでの挑戦は“学び”である。そんな便りをここで紹介させていただく。

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 今、僕は日々大いに学び、充実した日々を送っています。めちゃくちゃ楽しいです。「学ぶこと」については大学時代にいろいろ身につけました。

 学びの2大障害は「恥の意識」と「勘違い」だと思っています。恥の意識とは、非本質的なプライドのことを指します。これがあっては学びの幅は当然狭まってしまいます。

 勘違いとは、できないのにできると勘違いしてしまうことです。何事も「わかる」と「できる」は違うんだ、ということを十分に理解しなければいけないと思っています。

 恥の意識からいきます。これをさらに噛み砕くと、「周りから自分がどう思われているか」ということになります。サッカー選手は特に評価されてなんぼな世界です。ただ、評価はあくまで結果でしかありません。評価を求めてプレーするというのは全く意を得ていないと、最近強く感じています。もちろん、評価のフィードバックはアドバイスとして受け入れることも大事です。

 評価に囚われていては、成長なんて大してできない、ということです。これは僕の考えですが、これを意識して、日々向上心を持ってプレーしています。

 ただ、これを分かっていても、なかなか完璧に出来るようになるのはかなり難しいです。やっぱりたまに、今のプレーを監督はどう思ってるかな、とか考えてしまいます。良いプレーでも悪いプレーでも。「わかる」と「できる」は違うということです。ここは既に勘違いのお話です。

 この「勘違い」がものすごく難しいです。人はものごとを理解すると、あたかも自分のものになったかのように勘違いしてしまいます。

 例えば、成功者のハウツー本を読むと「なるほど!」とは思っても、すぐに忘れてしまうことが多いと思います。数学の世界ではどれだけ公式を覚えても、演習を繰り返さないとテストでは点を取れません。

 「理解してからできるまで」が一番長い道のりなのに、ここを疎かにしがちだと思っています。この道のりは地味ですが、ひとつひとつ噛み砕き、積み重ねていかなければ、できるようにはなりません。

 ドイツに来て3カ月、いろいろなことがわかってきました。もちろんまだわからないことも山ほどありますが、今はわかってきたところを、できるようしているところです。

 これを何も考えずに出来る人は天才だと思いますが、僕は凡人なので、この辺りを確実に理解し、言語化して自分のものにしていかなければなりません。これには時間もかかりますが、それもしょうがないと思っています。

 日々を地道に、より面白く、積み重ねています。

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 メールを読み、彼らしいなと思った。この渡辺夏彦という若者に興味を持ったのは昨年夏のことだった。従来の体育会系学生のイメージとは異なる、その卓越した社会性、自らを俯瞰(ふかん)できる客観性に驚かされた。

 昨年7月の早慶定期戦、自らが設立した社団法人「ユニサカ」代表理事として、自らがプレーする舞台にさまざまな仕掛けをつくりイベントとして盛り上げた。この時のことは「日本サッカーの未来を変える!?慶大渡辺夏彦の挑戦」として紹介した。

(https://www.nikkansports.com/soccer/column/sakabaka/news/1858822.html)

 また、昨年10月には大学生の視点から大学スポーツの未来像について議論する「大学スポーツ国際デー記念シンポジウム」にパネリストとして参加し、ユニサカの取り組みについて話していた。

 サッカーにとどまらない、幅広い知識と行動力。慶大ソッカー部(慶大ではサッカー部をソッカ―部としている)の主力選手と活躍する一方での活動である。どこまでもエネルギッシュな彼はどういう学生生活を送り、この先の未来を描いているのか? 新天地となるドイツへ旅立つ前の昨年末、じっくり話を聞いていた。ここで、そのインタビューの内容を紹介したい。これから大学サッカーへ進む若者たちへの一助となるはずだから。

■「世間を小さくしない」

 彼は東京・国学院久我山高から慶大湘南キャンパス(SFC)にある総合政策学部に進学した。企業家など、社会へ多くの個性的な人材を輩出する、あのSFCである。その大学進学がかかった運命のAO入試。何げない“言葉”が、その後の学生生活に影響を与えたという。こう述懐してくれた。

 「幅を広げなきゃ、広げなきゃと思うようになったのはAO入試がきっかけでした。面接は僕1人に対し、教授が3人。それぞれの分野でトップの人です。その3人を前にプレゼンして、彼らはサッカーとか興味ないのに、ぐさぐさ質問してくる。その30分くらいの面接が終わって、送られてきた合格通知に3人の教授のコメントが添えられていました。たったひと言だけ『世間を小さくしない』と。その時“あっ!”て。サッカー、サッカー、サッカーってどんどんそうなった時に『すごく自分は世間を小さくしていたんだ』とハッとさせられた。なんかSFCってところに入れたことがこう、いろいろ世間が広がるきっかけになっています」

 大学ではサッカーと同じくらい学問も頑張った。元文部科学副大臣、鈴木寛教授の「すずかんゼミ」で「ソーシャルプロデュース」を学び、FC東京社長を務めた村林裕教授の「村林研究会」でスポーツビジネスを学んだ。刺激的な仲間にも恵まれ、その知識欲はより高まった。このインタビュー中も、話題はサッカーというより学問や社会全般、多岐にわたるものだった。

 例えば、世間をにぎわす「仮想通貨」で取りざたされた「ブロックチェーン」という言葉。彼はブロックチェーンが広がることで国家の数が増えると予想し「国家が増えていく中で“共感”というキーワードが価値を持つ」と教えてくれた。さらに科学が発展すれば東洋哲学に近づくと、その背景についても。まさにインタビューというより“講義”だった。

 また、彼はサッカーの未来を「芸術の枠として捉えたい」とも話した。

 「サッカーって噛めば噛むほど奥深く、より知的で、なのに不確定要素が多い。ゲーム要素の高い心理追求っていうのは結構、共感させられる」

 彼の言葉を借りるなら、つまり芸術は文化を生み出しやすい。そこから知的階級へ普及することで、さまざまな技術革新が起き、商業的に社会へ還元されることが多くなる。AIを活用してより高度な戦術練習を実践に落とし込むことだって可能だ、そう説明してくれた。ひとしきり話した後、彼はこう付け加えた。

 「むちゃくちゃ楽しいですよ。今、振り返ってみると、試合に行く電車で、そういう本を読んでいた時って、確かに頭が活性化して、試合中の頭の回転が速かったりと思うと、脳の思考的なところで何かあるなと思っています」

 そして何より、大学2年で立ち上げた「ユニサカ」。大学スポーツを取り巻くマイナス環境を変えたい、その一心で実践したさまざまな社会的な活動。それが今に至る血肉となっている。

 「自分の中で、半端なく幅が広がったというところで楽しいですけど、ユニサカでの1年半での成長とか、やっぱり脳の活性度がそれで相当変わったなと。それが変わったことで、いろいろ変わったなと思います。1年半後にはこういうことじゃなくて、また全然違う方向で興味を持ってやっているかもしれないし。さらに環境も変わるし、生活リズムも変わるし。また変わるかもしれません」

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 人間形成の大きな一助となった大学生活。論理的な思考を持ち、自らの立ち位置を客観的に捉えられることこそ、サッカー選手渡辺夏彦の強みだろう。

 「世間を小さくしない」

 18歳で投げかけられた言葉。その意味を常に自分に問いかけ、サッカーだけでなく人間としての幅にもつなげてきた。大学の授業という座学を終え、今は社会という大きなフィールド、その実践ベースで答えを日々求め続けている。

 桜の花びら舞う新生活の季節。世間を小さくしない―。新たに挑戦し続ける若者たちに、同じ言葉を持ってエールを送りたい。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)