余計なことをしたものだと思う。アルゼンチンがイングランド戦に勝利した後、「Las Malvinas son Argentinas」(マルビナスはアルゼンチンのもの)というバナーを広げた。

マルビナスとはフォークランド諸島のこと。1982年にその領有権を巡り、英国とアルゼンチンが軍事衝突した。戦闘は2カ月ほどで収束したものの、両軍に島民合わせて死者900人超を数えた。

1986年メキシコ大会で両国が対戦した時は「代理戦争」とまで呼ばれた。マラドーナは「神の手」もあって勝利した試合後に、「マルビナスを盗まれた。だから英国人のポケットから物を盗み返したんだ」と話し、因縁を強めていた。

今回も「因縁」が一つのキーワードだった。ただ、アルゼンチンのスカロニ監督は公式会見で「これは単なるサッカーの試合なんだ。我々は戦争を批判している。これを単なるサッカーの試合以上のものだというのはおろかなことだ。過去と混同することはできない」とはねつけた。「因縁」で試合への関心を高めたいメディアの声を封じ込めた。すごく立派な考えの監督だと感心した。

それだけに最初は目を疑った。「本当かよ?」と。そして驚きとともになぜ? という疑問符が消えない。「単なるサッカーの試合」なのだから、政治を絡める必要性はまったくない。ましてや戦争を肯定することは看過できない。

そもそも一体誰の指示でこのプロパガンダは起こったのか。監督や選手にそういう意図や悪意はないのかもしれない。ただサッカーのピッチ上で政治的メッセージを掲げることは許されるものではない。素晴らしい試合の後だけに、余計に後味の悪さが残った。何より自分たちがつかみ取った勝利を汚す行為だと思う。

W杯はかつて政治的宣伝の場ともされた。1934年のイタリア大会は、独裁者ムッソリーニがファシスト政権を世界にアピールするための道具していたことは有名だ。そういう政治的な目的が先回りすれば、スポーツのルールはゆがめられ、憎悪と悪意がはびこる。スポーツが本来持っている高潔性「インテグリティー」は損なわれてしまう。

過去の反省に立ち返り、国際サッカー連盟(FIFA)や国際サッカー評議会(IFAB)は政治的、宗教的、個人的な旗やスローガンなどをスタジアムに掲出することを禁じている。当然、何かしらかの処分は出るだろう。

ただ、あらためて人間には本音と建て前があることを知る。社会のルールや秩序を遵守する一方で、抑えられない感情も持ち合わせている。人間とは不条理な生きものだ。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

試合後、フォークランド諸島に言及したメッセージの横断幕を掲げるアルゼンチン代表ジオバニ・ロセルソ(右)。左はオタメンディ(ロイター)
試合後、フォークランド諸島に言及したメッセージの横断幕を掲げるアルゼンチン代表ジオバニ・ロセルソ(右)。左はオタメンディ(ロイター)