サッカーのアジア杯はいよいよ決勝戦(日本時間2月1日午後11時)を迎えます。日本代表は準決勝では強敵イランに3-0で快勝、カタールとの決勝に駒を進めました。中東・バーレーンに1997年から在住する海島健氏(52)は、準決勝カタール-UAE戦を現地で観戦しました。同氏はカタール快勝の舞台裏を、豊富な中東での知識を元に独自の視点から見つめました。

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アジア杯準決勝では、イラン戦での日本快勝をアルアインのハッザ・ビン・ザイードスタジアムで観戦(1月28日)しました。興奮冷めやらぬその翌29日、アルアインからアブダビにレンタカーで移動し、もうひとつの準決勝、カタール-UAEの試合も見てきました。

断交中の両国の対決となり、試合前からスタジアムは国を挙げてヒートアップしていました。UAEサイドのチケット買い占めも話題になりました。学校などをいつもより早めに終わらせて、学生たちにこの大一番を観戦させる機会を与えたようです。

試合前からファンの間では、ネット上で「今日は戦争かな。ただの試合かな」と心配されるほどでした。新聞やSNSなどを通してファン、国民に「政治的な問題をわきに置いて、ただ試合を楽しみなさい。乱暴なふるまいや、礼節を欠く行為はしないように」と訴えたのですが…

試合前のカタール国歌斉唱へのブーイングは、筆者に中国開催のアジア杯での君が代へのそれを思いださせました。カタールが得点を入れるたびに、ペットボトルの投げ込みが行われました。2点目、3点目と得点を重ねるごとに本数は増えていき、最後は靴やサンダルが飛んできました。(靴を投げるのはアラブ世界では最大級の侮辱)2階席から投げられたペットボトルが1階席にいた味方UAEファンに当たるなど、スタジアムは異様な雰囲気に。結果としてカタールの4-0の圧勝で終わったため、「4点を突き刺した。それぞれ、UAEとバーレーン、サウジアラビアとエジプトに1本ずつ突き刺したのだ(この4カ国が主な外交上の敵対国)」とのジョークまで飛び出しました。

カタールのあるファンは「靴なし、カップなし、ゴールなし、リスペクトなしで家に帰る」とこの試合を評しました。(筆者注:靴を投げたファンはごくごく一部です)

バーレーンの学生たちにも確認していますが、靴を投げるのは、<1>靴の底は汚れていて、その汚れを相手に投げ付けるという意味<2>普通は人間の体の中の一番下に位置して、相手はそれよりも下であるという意思表示になる、侮辱的なマウンティング行為。これらの説があるようですが、そもそもの起源は明確にはなりませんでした。

バーレーンのファンは「あんな高級な靴を投げるなんて信じられない」と別の切り口でこの事件をちゃかしています。(同注:バーレーンの平均年収2万ドルはUAEの3万4000ドルよりかなり下)

GCC諸国(サウジアラビア、UAE、バーレーン、オマーン、カタール、クウェート)すべてがそろって反カタールというわけではなく、クウェートとオマーンは中立的な立ち位置です。クウェートの国王もカタールの勝利をお祝いするメッセージを送っています。オマーンのファンはカタールの置かれた断交状況に同情的な人が多いようで、スタジアムに行ってひそかにカタールを応援していて、カタール人はそのことに深く感謝をしているとのことでした。

さて、バーレーン人にはカタールに親戚がいる人も多く、そういう学生の1人であるファティマさんにも話をききました。カタール国内の状況ですが、UAEでの現地スタジアム観戦がほぼ不可能ということもあり、国内のショッピングモールなどでのパブリックビューイングがいつも以上に大盛況だとのことです。

また、いつもはサッカーにほとんど興味をもたないような人たちまでが、カタール代表の戦いぶりに注目し、話題にしているようです。今までにない、カタール史上最高の熱狂が伝わってきます。

決勝戦当日、アブダビのシェイク・ザイードスタジアムではこの流れを受けて、日本代表に対する応援が圧倒的になるでしょう。日本代表が04年の中国主催のアジア杯でヨルダン(重慶)やバーレーン(済南)と対戦した時の逆の光景となりそうです。

対するカタール代表は、カタール半島からの熱い声援を心の中で受け止めての試合となります。

つまり、この準決勝でのトラブルなど(カタールのファンは基本的に現地でスタジアム観戦ができていない)を受けて、カタールにとってアジア杯を取ることの意味合いが、今までの何倍も国のメンツとプライドをかけた戦いとなってきています。断交中のUAEの首都アブダビでカップを掲げてやるんだ、という気持ちは、カタール代表選手たちを強力にサポートするはずです。04年に日本代表は北京で猛烈なブーイングをはじき返しての優勝となりましたが、似たような状況にありますね。

準決勝2試合がいろいろと荒れただけに、ラストの一戦はクリーンで闘志あふれる、決勝にふさわしい試合になりますように。結果はシャビの予想(=カタール優勝)とは逆になりますように。バーレーンの喫茶店から日本代表に声援を送りたいと思います。

◆海島健(うみしま・けん)1965年(昭40)東京出身。一橋大社会学部卒。97年よりバーレーン大学で日本語教師を務めている。98年のバーレーンでのガルフ杯より同国代表チームの試合を見続け、現在は中東サッカー全般をフォロー。「アッラーの国のフットボール」をニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)において執筆、日本のサッカーファンに中東情報を届けてきた。