高倉ジャパンが東京オリンピック(五輪)金メダルへ出陣する。高倉麻子監督(51)は16年4月の就任時から、20年8月7日に新しい国立競技場で行われる決勝で勝つことを目標に掲げてきた。五輪イヤーを迎えてあらためて優勝を宣言。積み上げてきた活動を自信に変え、満員の国立競技場で歓喜の瞬間を迎えることを誓った。

   ◇   ◇   ◇

就任から約3年8カ月がたっても、その思いに揺らぎはない。8月7日午前11時開始の国立競技場。高倉監督は東京五輪決勝の大舞台で、率いた選手たちと喜びを分かち合う。東京五輪での目標を問われると「やはり優勝です。決勝まで行きたい。新しい国立でやりたいです。言霊という言葉がありますが、やはり国立に行くということを言い続けます」と力強く宣言した。

金メダルの夢を実現するべく、7月22日に迎える大会初戦までの約8カ月間で最後の仕上げに着手する。勝負の年の始動場所には3月に11年W杯優勝メンバーが国内最初の聖火リレーランナーを務めるJヴィレッジを選んだ。「基本的には国内でじっくり調整したい」と、3月に米国遠征を行う以外は海外には出ない。4月から国内で3度の国際親善試合を予定。五輪出場国も含めた強豪国との対戦を想定しており「そうした相手を超えていけるようにチームを作っていきたい」と意気込んだ。

夏場の五輪を勝ち抜く上での選手選考も大詰めだ。登録枠はW杯の23人などよりも5人少ない18人。五輪の1次リーグでは中2日で3試合をこなす。鍵になってくるのは複数位置をこなせる選手の存在。16強敗退に終わった昨年6月のW杯以降に行った国際親善試合や東アジアE-1選手権では5試合で計5人を初招集し、複数位置で試した。19年の1文字は「混」。新旧選手が混じり合い、試行錯誤したチームは「いいものを生み出す前の状態」にあるという。

16年4月、女子代表11代目にして初の女性監督として就任した。会見では「目指すのはどの大会でも優勝」と言い切った。11年W杯で世界一を味わったチームに変化を加え、重圧と戦いながら過ごした時間。「11年に優勝したメンバーが持ち得たもの、なでしこが持っている力というのは、今の世代の子たちも持っていると私は思っています」。この夏に用意された晴れ舞台で、その集大成を披露する。【松尾幸之介】

◆高倉麻子(たかくら・あさこ)1968年(昭43)4月19日、福島県福島市生まれ。読売ベレーザ(現日テレ)、米国のシリコンバレー・レッドデビルズなどでMFとして活躍。89年に日本女子リーグ開幕戦で初代得点者。女子日本代表として第1回の91年、95年W杯、96年アトランタ五輪出場。国際Aマッチ通算79試合30得点。04年に現役引退して指導者に転向。16年4月にA代表監督に就任。夫は東京V竹本一彦ゼネラルマネジャー。