不定期連載「ぜじんが行く」も2年目に突入します。サッカーに関わる気になる現場に、気ままに出向き、根掘り葉掘り徹底取材。ようやく迎えた20年の第1回は日本代表裏話。ワールドカップ(W杯)カタール大会アジア2次予選で日本は4戦全勝。3月からの残り4戦は新型コロナウイルスの感染拡大もあり、実施が不透明な状況だが、日本の007は、どんな状況でも相手を丸裸にする準備を怠らない。日本代表テクニカルスタッフ(分析担当)の寺門大輔氏(45)の仕事に焦点を当て、情報戦を考えてみた。

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時代が変わった。米国では、メジャーリーグのサイン盗み疑惑が社会問題になり、ACLでは中国クラブが不正偵察などでAFCから罰金(30万ドル=約3300万円)を科せられるなど、ルールを破ってまでの情報戦への取り締まりは厳しくなる一方だ。では、今はどんな手段で対戦国の最新情報を手に入れているのか。

14年から日本サッカー協会と契約し、日本代表テクニカルスタッフとして働く寺門氏は「16年の途中から情報管理が厳しくなっている。勝ち点剥奪や莫大(ばくだい)な罰金などの可能性があって、今はのぞき見することなど、違反と思われることはできない」と話す。

93年10月、カタール・ドーハ。「ドーハの悲劇」で記憶されるW杯米国大会アジア最終予選で、日本は西野朗氏、山本昌邦氏の両技術委員が偵察隊として対戦相手の最新情報を集めた。サウジアラビア戦の直前、練習場の土手をよじ登ってバックスタンドで非公開練習をのぞき見していた。10分ほど経過したところで相手に見つかり、警備担当のカタール人兵士に自動小銃を突き付けられ、追い出された。

寺門氏 16年の初めまでは、どの国もやっていました。アトランタオリンピック(五輪)中には相手バスを尾行し練習場所を突き止めたり、他にも隠れて対戦国の練習をのぞき見することはありましたし、相手国も同じことをやっていた。16年1月のリオ五輪予選前、DPRコリア(北朝鮮)の最新情報がどうしても必要だったんです。ドバイでDPRコリアとイラクが非公開で練習試合をやるとの情報を入手して視察に行ったんです。

当然、日本からの視察を許可するわけがない。そこで寺門氏は中東の白い民族衣装を購入し、白いターバンを頭に巻き、関係者家族集団に紛れ込んで、会場に入った。写真を撮り続けたが、開始10分でイラクのスタッフに見つかった。「カメラを出せ!」。結局SDカードを渡して解放された。

では、こっそり視察ができなくなった今はどうしているのか? 練習試合を非公開にすることもあるし、公開しても背番号を変えて臨むことが多い。

寺門氏 背番号が変わっても分かります。顔やしぐさ、クセ、雰囲気、たたずまい、スパイクの色で、相手全選手の区別がつきます。最新情報は、SNSを積極的に活用しています。選手、家族、スタッフ、オフィシャルカメラマン、番記者、メディアなどチームに関わるすべての人の情報を集めます。相手国のTV、新聞、インターネットで選手や関係者のコメントをすべてチェックするし、ユーチューブ、インスタグラム、フェイスブック、ツイッター、ブログなども確認します。1日12時間、長い日で18時間、パソコンの前にいる日もあります。1枚の写真だけでも、置いてあるコーンの位置で練習メニューを予測したり、ビブスの色が参考になることもあります。

2次予選の前半4試合で日本は全勝無失点で勝ち点を12積み重ねた。前述の方法でチェックし、最も警戒したキルギスは多くの選手が所属しているクラブチームの情報も参考にした。第1シードの日本に対しミャンマー、モンゴル、タジキスタンは守備的な入り方だったが、キルギスはキックオフから積極的に攻めてきた。しかしこれも想定内。寺門氏は試合前日「監督の気質、最近の情報を総合すると、開始からアグレッシブにくる可能性もある」と伝えており、ピッチ上の選手が慌てることはなかった。

新型コロナウイルス感染拡大で、延期の可能性もあるが9月からは最終予選が組まれている。W杯出場へ本当の勝負が始まる。寺門氏は「ビデオは見ている。どのチームも最新情報が大事なので、直前になると、また寝る時間以外は分析に充てる。相手全選手の個人ビデオを作って、クセなどを対面の日本代表選手に伝えます。少なくとも情報不足で相手対策ができなかったとは言わせないようにします」。

ピッチ上の90分の戦いの裏には、その数百倍以上の時間を費やして分析するスタッフがいる。この状況でも仕事ぶりは変わらない。「敵を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」。孫子の言葉が実現できれば、日本の7大会連続W杯出場が、おのずと見えてくる。【盧載鎭】

◆盧載鎭(ノ・ゼジン)1968年9月8日、韓国ソウル生まれ。88年に来日し、96年入社。サッカー担当歴20年超。関東のほとんどのJリーグクラブを担当し、同時に加茂ジャパン時代からW杯も含め日本代表を取材。数々の名勝負をスタジアムで目撃した幸運に恵まれた2児のパパ。「ぜじんが行く」は昨年6月以来、実に9カ月ぶり4回目で“お待たせいたしました、お待たせしすぎたかもしれません”。