強いチームには決まって、縁の下の力持ちがいる。現在好調のFC東京を支えている1人が、今季から選手会長を務めるDF太田宏介(31)だ。

10日のルヴァン杯、ホームでのサガン鳥栖戦(秩父宮)で、17歳MF久保建英が強烈な直接FK弾を決めた。ペナルティーエリアの右サイドライン付近という角度のないところから左足を振り抜き、左サイドネットを射抜く高度な1発。うれしい今季初ゴールには、太田の“アシスト”があった。

久保はFKについてこう振り返っている。

「自分は正直コースが見えていなくてどうしようか迷った。ただ、太田選手が『あそこに蹴ればいいよ』と言ってくれて。そこは、何本もFKを決めている方の経験をちょっと借りました」

セットされたボールの前に2人が立っていた。日本代表経験者である太田の左足の精度はJリーグでも屈指だ。数多くのFKを蹴ってきた31歳には、わずかなシュートコースが見えていた。

「ストーンの位置がおかしかった」

ストーンとは、セットプレー時にフリーでゴール前を守る選手を指す。このとき太田が見ていたのは目の前にいた2枚の壁ではなく、少し奥に「ストーン」として立っていたDFブルシッチだった。

「ファー(遠い側)のポストとボールの間に立たれると嫌なんですが、そこにいなかった」

幅にして、わずか30センチほど。それでも太田は、ブルシッチの立ち位置が左にずれているのを見逃さなかった。さらに、ベテランは冷静だった。

「確かに直接狙う位置じゃなかったし、(相手は)中で合わせるイメージだったと思う」。

シュートでいけば相手の意表を突ける。その上、速いボールでカーブをかければ通せるコースがある。

そこまで考え、最後の決め手は久保のキック力だった。

「練習でもいいボールを蹴っていたし、自分が蹴らなくても変化を起こせると。タケ(久保)なら狙える」

自身はおとりになり、蹴らずに抜ける。2枚の壁の1人が久保から太田へのパスを警戒し、立ち位置を乱す。さらにコースは広がった。「壁の心理として、ついてくるかなと。駆け引きでした」。もっとも、アドバイス通りに蹴りこんだ17歳を「本当にそっくりそのままでしたね」と驚きを持ってたたえた。太田の目と、久保の技術。2人の力が決勝点を生んだ。

 ◇   ◇   

ちょっとした疑問が残っていた。太田はなぜ、自分で蹴らなかったのか。12日の練習後に聞いた。久保に譲ったことについて「蹴るという顔をしていたので(笑い)」と冗談を飛ばし、続けた。

「今あいつは乗っているし、ああいう選手が決めることがチームにとっては大きいから」

久保はJ1の開幕戦から得点チャンスを何度も作ってきた。勢いある17歳のゴールがチームをもっともっと波に乗せる。そう感じていた。

もっとも「自分が蹴るつもりで向かった」とも明かした。今季、J1ではベンチを温める時間が続いている。いいプレーをすればすぐに起用する長谷川監督に、得意の左足でアピールしたかったはず。蹴りたい気持ちは当然あった。ただ、太田はここでも冷静だった。

「試合に出ていないから焦るとかはなくやれている。だから、結果を残したいから蹴らせてくれという感情はない。(久保のシュートが)入って勝った。その結果に少しでも貢献できていればそれでいいんです。自分が決めなくても、ちょっとした一言とか、そういう貢献の仕方もある」

日本代表、そして海外でのプレーも経験した。現在はFC東京U-23に加わり、J3の試合に向かうこともある。期する思いは当然ある。ただ、個人的な感情は胸にしまっている。

選手会長を務める年長組。出番は今後必ずくると信じて準備を続けている。

「試合に出ていない人はいつでもチャンスを生かせる準備をしていないと。それを1年間続けたチームがトップにくる。東京は優勝したことがありません。自分がその姿勢を見せないと」

シーズンは長い。昨季も前半を終えて2位と好調だったところから、失速を経験した。

「シーズンの最初と最後で出ている選手は必ず変わるし、チームも、いいときもあれば悪いときも必ずくる。そういうときにどれだけサポートができるかだと思っています」

そう話し、全体練習後にチーム最年長の丹羽大輝(33)とともに残ってランニングを続けた。試合になれば後輩にすっと力添えをし、夜が明ければ次の試合への準備を黙々と整える。そんな頼もしいベテランが、今季の東京にはいる。【岡崎悠利】