川崎フロンターレの中村憲剛(40)が、今季限りでの引退を発表した。

ファンとメディアを大切にする選手だった。試合後の囲み取材では、言葉の選び方が的確で、説明が分かりやすい。私は2006年から約2シーズンだけ担当したが、憲剛のコメントを通じてサッカーの勉強にもなった。おそらく試合を見ていなかったとしても、談話を聞くだけでゲームのポイント、ツボが分かるのではないかとさえ思った。

中央大学4年時は、関東大学リーグ2部でプレーした。川崎Fには練習生から入団が決まり、当時はJ2。改修前の等々力競技場に5000人も集まらなかった時期を知っている。ゆえに、応援のありがたみ、観客が集まることの喜びを実感している。川崎市の商店街へのあいさつまわりも自然にできるのは、こんな背景があるからだ。

ある時期から、憲剛はサッカー専門誌にコラムを書いた。抜群に原稿がうまかった。個人的にこういう驚きは、陸上の為末大氏以来だった。物事を理論立てて考えるからこそ、試合後のコメントが的確で、文章の筋道の通りがいい。唯一、うまく説明できなかったことは、ピッチを俯瞰(ふかん)できる能力がなぜあるのかという点くらいだろうか。選手がどこにいるのか、鳥の視点で見えるからこそ、絶妙のパスを出せる。憲剛の強みはここにあるが、これだけは「うまく説明できないけど、見えるんですよ」と言っていたことを覚えている。

私は担当していた当初、トヨタ・エスティマに乗っていた平均的なJリーガーは、日本代表に選ばれ、クラブを象徴する選手に成長した。ラモス瑠偉氏にあこがれ、代表に入ってからは中村俊輔とサッカーをする楽しさを口にしていたことを思い出す。好きな選手には、バルセロナなどで活躍したジョゼップ・グアルディオラの名を挙げていた。

グアルディオラは監督としても成功した。憲剛もおそらくいい指導者になる。考えていることを言語化できるコミュニケーション力は、大きな武器になる。ただし、引退後のことを想像するのはさみしい。もっとプレーを見ていたい。40歳になった日にゴールを決め、翌日に引退発表-。そんなに人を驚かすなら、シーズン後に引退撤回を発表して、またまた驚かせてくれても一向に構わないのだが…。【佐々木一郎】