セレッソ大阪のエースFW加藤陸次樹(むつき、25)が21日、サンフレッチェ広島へ完全移籍することが発表された。

リーグ戦では現在C大阪が5位、広島が8位。同じ上位争いをするライバル同士で、C大阪は22年から広島に公式戦5戦全敗中という天敵。ユース時代を広島で育った加藤にとっては、打倒古巣がモチベーションの1つだった。C大阪には痛恨のエース流失。その電撃移籍の舞台裏に迫った。

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今回の移籍は、まさに電撃的だった。7月に入って広島からC大阪に完全移籍のオファーが届き、クラブ間交渉を経て、広島と加藤が最初で最後の交渉をしたのが、今月17日だった。両クラブに迷惑をかけないよう、加藤は短期間で広島行きを決断したが、簡単な選択ではなかった。

C大阪は加藤を絶対的な戦力とし、最後まで慰留に努めた。クラブや小菊監督との関係も良好で、今季は現在5位のリーグ戦と、4回戦に進んだ天皇杯で2つのタイトル獲得の可能性があった。

一方の広島は現在8位のリーグ戦しか、残された舞台はない。広島が加藤に提示した年俸も推定4000万円。C大阪より大幅増となったわけでない。加藤には“個人昇格”には当たらないが、それでも移籍を選んだのは、本人の「広島愛」だった。

埼玉・熊谷市生まれの加藤は、中学卒業と同時に双子の兄威吹樹(いぶき=現関東1部南葛SC)と、広島ユースに入団。選手寮に住みながら、1学年上には現在、広島の主力になったDF荒木隼人、2学年下にはFW満田誠らがおり、人格形成に役立った3年間だった。

ただ、ユース卒業時、さらに中大卒業時に、広島のトップチームとプロ契約を結べる可能性があったものの、最終的に「いい素材ではあるが、平均的な選手」(クラブ関係者)という低評価で、契約は2度も見送られた。

加藤はその思いを、のちに「人生で一番悔しかった」と述懐している。だからJ2金沢、C大阪での発奮材料になった。

C大阪での2年半、加藤は特に古巣広島戦は異様に燃えた。昨年10月のルヴァン杯決勝は、前線から強烈なプレスをかけ続け、相手のミスを見逃さずに先制ゴールを挙げた。そして後半ロスタイムの2失点で逆転負け。人生初のビッグタイトルを逃し、ベンチ横で号泣した。

その一連の姿が、広島側の目に留まった。広島のクラブ関係者は「あの泥臭いゴールは、陸次樹の(広島に対する)意地が決めさせたもの。今の広島に最も必要な部分」と、気付かされたという。

そして今年、加藤が最初に契約を見送られた18歳の夏から8年、ついに実力で大好きだった古巣を振り向かせた。これは金銭では得られない、加藤にとって最高の栄誉でもあった。

広島はユース選手を卒業時にトップチームに昇格させるか、大学やJ2クラブなどを経由させ、プロ契約を結ぶのが主流。今回の加藤は、他のJ1クラブで成長して完全移籍で獲得するという、異例中の異例の手法をとった。

広島のクラブ関係者は、今回の補強について「加藤陸次樹でなければ、声をかけていない。加藤陸次樹と広島(の関係)でなければ、C大阪は移籍を認めてくれなかった。本当にC大阪に感謝するしかない」と話している。

8月6日に26歳を迎える加藤は、週明けから広島の練習に合流し、1トップか2シャドーの位置で勝利に導いていく。10月21日のJ1リーグ第30節では、広島-C大阪(Eスタ)が行われ、加藤とC大阪の初対決も実現する。【横田和幸】

◆加藤陸次樹(かとう・むつき)1997年(平9)8月6日、埼玉・熊谷市生まれ。クマガヤSCから広島ユース、中大、J2金沢を経て21年C大阪へ。J1通算78試合16得点、J2通算42試合13得点、ルヴァン杯通算22試合7得点。178センチ、69キロ。

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