FIFAワールドカップ(W杯)からブレ球が消えた? 10年南アフリカ大会で日本代表の本田圭佑がFKでボールを揺らし、鮮やかにゴールネットも揺らした。過去のW杯を振り返る時に必ず出てくる名場面だ。だが「魔球」として隆盛を誇っていたブレ球が、最近の大会では見られなくなっている。なぜなのか? その一因を探ってみると、アディダス社製の大会公式球へと行き着いた。

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ボールの進化はプレーに影響を及ぼしている。フランスFWエムバペが、決勝トーナメント1回戦のポーランド戦で見せた2ゴール。その1点目は、ゴール前の左サイドから放ったボールの芯をとらえた強烈なシュート。パンチの利いた一撃は一直線にゴールネットに突き刺さった。

あれだけ強いシュートならブレてもおかしくないところだが、まったく揺れていなかった。そこで、スポーツボールの飛翔軌跡を研究するスポーツ科学分野の大家、筑波大の浅井武名誉教授に尋ねた。

なぜブレなくなったのですか? そう問うと「凸凹があって表面のラフネスが大きい。(10年南アフリカ大会の)ジャブラニのようなツルツルのボールゆえのトリッキーな動きを生む、揚力が抑えられている」とボールの形状をもって説明した。

カタール大会の公式球は、アラビア語で「旅」を意味する「アル・リフラ」。過去のW杯よりもボールの飛行速度を上げたのが特長だ。キックの正確性、飛行の安定性を追求したボール。何よりボールの表面にはゴルフボールを想起させる、くぼみ模様の「ディンプル」がある。これが空気抵抗を左右している。

ジャブラニはボール表面のパネルを8枚まで減少させ、熱圧着させる技術で滑らかなものにした。いわば「真球」のピンポン球で、それは上下左右に複雑な動きをしやすい。飛翔するボールと空気抵抗のメカニズムを解析すると、ツルツルした表面を持つ球の後ろ半分に乱流が発生し、その後に大きな渦に成長している。その渦の影響を直接受けることから変化が起きる(イラスト参照)。

一方のアル・リフラは、まるで空気抵抗を下げたゴルフボールだ。ディンプル加工されたゴルフボールの場合、乱流状態が小さいうちに小さな渦をつくり、大きな渦に成長することなく、ボールのすぐ後ろで空気の層が表面から離れる「剥離現象」が起きる。つまりボールの変化が起こりにくく、飛行の安定性を生み出すことになる。同時にスピード化にもつながった。それが今回のアル・リフラにも当てはまる。

浅井名誉教授は「今大会を見ると、あまり振りかぶらなくてもボールの飛びがいいので、クイックなシュートが蹴りやすい。エムバペのシュートもそう。ステップワークからのショートスイングだった。加えて(ラフな表面だから)インフロントで引っかけたスピンもかけやすい。対角を狙ったコントロールシュートも狙い目」。実際にエムバペによるポーランド戦の2点目は、左サイドから対角のファーサイドへカーブ回転の利いたシュートだった。

決してブレ球が打てないわけではないが、ボールの特性を考えれば、その有効性は下がった。今大会のデータからも、ブレ球効果を発揮する中・長距離シュートの数は従来より激減。ボールの適性を知り、プレーも変化しているようだ。

こうなってくると、ペナルティーエリア付近へ持ち込み、短く鋭い振りからゴールを狙う選手には効果てきめん。エムバペ、メッシら鋭いステップワークからのショートスイングのシューターには、ボールがゴールを後押ししてくれそうだ。【佐藤隆志】

 

◆PA外シュート減少  ロイター通信によると、W杯カタール大会の決勝トーナメント1回戦終了時点で、ペナルティーエリア外からの得点は全得点の7・6%と過去5大会で最低。PA外からのシュートは470本で、前回ロシア大会の620本から減少し、06年ドイツ大会の765本と比べて激減。逆にPA内からの得点が増え、前回大会の118点から今大会は134点。10年南アフリカ大会の103点からは31点も増加している。

◆ボールの規定 17条からなる競技規則の第2条に「ボール」の項目がある。その品質と規格は、(1)球形である(2)適切な材質でできている(3)外周は、68センチ(27インチ)以上、70センチ(28インチ)以下(4)重さは試合開始時に410グラム(14オンス)以上、450グラム(16オンス)以下(5)空気圧は海面の高さの気圧で0・6~1・1気圧。

◆浅井武(あさい・たけし)1956年(昭31)9月12日生まれ、名古屋市出身。筑波大、同大学院修了。山形大地域教育文化学科助教授、筑波大大学院人間総合科学研究科コーチング学教授などを経て、現在は名誉教授。専門はスポーツ工学。筑波大蹴球部OBで総監督や部長も務めた。