3月に30歳を迎えた香川真司が今シーズン新天地に選んだのは、幼少期から夢見ていたスペインだった…。

8月9日、香川がスペイン2部レアル・サラゴサと2年間の契約を結んだことが突如発表された。

クラブ最大規模となった入団発表には、50人を超える報道陣が詰めかけた。ヨーロッパのトップクラブ、ドルトムント(ドイツ)やマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)でプレーした経験豊富な選手が2部のクラブに入団することは驚きとともに注目を集めた。

香川はスペインでプレーすることについて、「子供の頃からラ・リーガ(スペインリーグ)を見て、一番インスピレーションを受けてきたし、スペインのサッカーにはいつも勉強させてもらってきた」と幼少期からの憧れだったことを明かし、サラゴサ入団については「たくさん悩み、スペインに来たいという昔からの夢を考えた。サラゴサの監督やスタッフの熱意や信頼を感じたことが一番重要だったし、決め手となった」とその思いを語っていた。

気温35度の猛暑の中、スタジアムで行われた入団発表には、香川の姿を一目見ようと5000人ものサポーターが集まった。8月13日はスペインの夏休みシーズンの真っただ中。皆がバケーションに出かけ、街は人通りもまばらになるこの時期にこれだけの人々が集まるのは異例のことであっただろう。久々の1部リーグ復帰に向けた救世主として、大きな期待の表れとなった。

香川が拠点とするスペイン北東部の内陸都市サラゴサは、首都マドリードと第2の都市バルセロナのほぼ中間地点に位置し、どちらからもAVE(高速鉄道)で1時間半程度とアクセスが良い。約67万人の人口はスペインで5番目に多く、マドリード、バルセロナ、バレンシア、セビリアに次ぐ。フランスとスペインの国境にまたがるピレネー山脈に近接し、冬は寒さの厳しい地域である。

1932年創設の古豪クラブであるサラゴサは、1部リーグ通算在籍年数58シーズンと、スペインサッカー史上9番目に長い。しかし近年は成績が振るわず、2012-13年シーズンを最後に、ここ7シーズンを2部リーグで戦っている。

1部リーグ在籍時の最高順位は2位。そのほか、スペイン国王杯に6回、スペイン・スーパー杯に1回優勝している。さらにヨーロッパのタイトルを過去一度だけ獲得したことがある。1994-95年シーズン、カップウィナーズカップ(※99年にUEFA杯に統合されて終了)決勝で、アーセナルに延長戦の末2-1で勝利した熱き戦いは、今でもサラゴサ市民の誇りとなっている。

また、かつてサラゴサでプレーした選手の中には、ホルヘ・バルダーノやパブロ・アイマール、ブレーク前のカフーやジェラール・ピケ(現バルセロナ)やダビド・ビジャ(現ヴィッセル神戸)などがいた。

そして香川は、2015-16年シーズンに在籍した長谷川アーリアジャスール(現名古屋グランパス)に次ぐクラブ史上2番目の日本人となった。

ホームスタジアム、ラ・ロマレダの収容人数は3万3608人。今シーズンは2万7500席以上がシーズンチケットで占められている。この数字は2部トップというだけでなく、1部リーグを含めても、バルセロナ、レアル・マドリード、アトレチコ・マドリード、ベティス、バレンシア、セビリア、ビルバオ、Rソシエダードに次いで9番目に多い。

ラ・ロマレダに足を運ぶと“SHINJI KAGAWA”の名前入り23番のユニホームを目にする機会が本当に多い。またサラゴサは2部の中でもアウェーゲームに駆けつけるサポーターが多いが、その中にも香川の名前を数多く見つけられ、その人気の高さを改めて知ることができる。

ビクトル・フェルナンデス監督の信頼を得た香川は、シーズン開幕のテネリフェ戦からスタメン出場し、第2節ポンフェラディナ戦で初得点を記録した。さらに第4節アルコルコン戦、そして2点目を決めた第5節エストレマドゥーラ戦で最高のパフォーマンスを披露し、スペイン最大手のスポーツ紙マルカに2節続けて「2部リーグのベストイレブン」に選出されている。

サラゴサは開幕からの5試合、4勝1分けの勝ち点13で2位につけ、近年最高のスタートを切った。

しかし、第6節フエンラブラダ戦が相手チーム選手の胃腸炎集団感染により試合延期となった後から、歯車が狂い始める。

第7節ルーゴ戦で引き分けたのを境に、チームとともに香川も不調に陥っていく。ピッチを精力的に動くもパスがあまり入らず、ボールを受けても左右に散らすだけで決定的なシーンを演出できない。さらに全試合先発出場中だったFWドゥワメナが第10節ラスパルマス戦後に心臓病が発覚し、チームを離脱したことも不調に拍車をかけた。

サラゴサはここ10試合で2勝しかできず、現在の順位は15試合6勝5分け4敗の勝ち点23で6位まで順位を落としている。

香川は今の状況について、「僕にとって今はいい瞬間ではない。ピッチで再び自信を取り戻さなければならないし、改善して自分のレベルを証明するために仕事に励んでいる。でも自分がやるべきことを分かっているし、サラゴサの人々が僕に満足してくれることを望んでいる」と冷静に話していた。

その言葉通り現在は不調に陥っているものの、香川のクオリティーが2部トップクラスであることに疑問の余地はない。ピッチ上で見せるひとつひとつのプレーは他との違いを生み出すことができる。また、スペイン語を話すのはまだ難しいと言っていたが、ピッチ上では言葉の壁を越えて誰よりも仲間を鼓舞し、どんな状況下でもチームの士気を高め続けている。

香川はサラゴサ退団後の未来を次のように語る。

「このクラブでプレーした“最高の日本人”だったと言われたい」

そのためには、8シーズンぶりとなる1部昇格を成し遂げた救世主として、皆の記憶に残らなければならない。香川真司の幼少期からの夢はまだ始まったばかりである。【高橋智行】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「スペイン発サッカー紀行」)