FIFAワールドカップ(W杯)日韓大会を2カ月後に控えた2002年(平14)3月19日、61歳のペレさんは都内のホテルにいた。ED(男性機能障害)を改善するバイアグラをつくったファイザー製薬の啓発大使に就任し、会見を開いた。

とはいえ、当然のことながら質問はサッカーのことばかり。フランス、アルゼンチン、イングランド、ポルトガル、イタリアを優勝候補に挙げた上で「ブラジルが優勝するためにはロナウドの復活が必要になる」と、南米予選で苦しんだ母国について話していた。結果は知っての通り、ロナウドが復活してブラジルが優勝した。予言どおりになったのはさすがだ。

その会見で、質問が出尽くしたタイミングを見計らって、私は「ペレさんはEDなんですか?」と聞いた。会見の趣旨がED啓発大使就任式とはいえ、ペレさんがEDかどうかは関係ないこと。個人情報の問題や、コンプライアンスの関係で会見場を追い出されてもおかしくなかった。だが、ペレさんは「私は今でも“現役”だ」と胸を張った。そしてEDで悩む人に向けて「あきらめずに医師に相談してほしい。恥ずかしいことではないから」と、“現役”にこだわることを促した。

会見が終わるとペレさんは、舞台袖からはけずに、正面に座っていた記者の方に向かって歩いてきた。やばい、怒られる、と思った次の瞬間、思い切りハグされた。満面の笑みで「お前、よく聞いてきたな」みたいな意味のことを言われた。小学校3年生からサッカーをやってきた記者にとっては、夢のような一瞬だった。と同時に、こういう無礼を許せる懐の大きさが「キング・ペレ」たるゆえんなのかと感じた。大きく感じた手のひらの感触は、今でも背中に残っているような気がする。温かかった。【02年サッカー担当=竹内智信】