都内のボルダリング場を訪ねた。ボルダリングは、フリークライミングの一種で最低限の道具を使用し、岩や石を上る競技だ。
●杉本怜選手の指導で体験取材
練習場には、壁一面に岩や石が組み込まれていた。見るからに難しそう、つらそうというイメージだ。でもなんだかカラフルな壁を見るとわくわくもした。ボルダリングのルールは、高さ5メートル以下の壁に設定された複数のコースを、制限時間内にどれだけ登れたかを競う種目。時間内であれば、何度でもチャレンジできるので、少ない回数で上ることも重要だと言われている。
- 杉本怜選手(右)の指導でクライミングに挑戦し、笑顔でVサイン(撮影・松本俊)
そのボルダリング競技の2015年ジャパン・カップで優勝した杉本怜選手(25)に話を聞いた。さらに体験取材ということで指導もしてもらった。笑顔がステキな選手という印象だ。最近、様々な競技のアスリートに会う機会があるが、その競技の雰囲気を選手から感じ取ることができると気づいた。杉本選手は気さくで、聡明だった。ボルダリングのことを丁寧に教えてくれた。「きっとすごく考えて行う競技なんだろうな」。ボキャブラリーが多い杉本選手からは、そんなことを感じた。
●「押す」力でなく「引く」力
杉本選手は2016年にケガ(肩の脱臼)をし、手術を受けたという。ケガはアスリートにとって分岐点となる。手術を決断したというのも、2020年のオリンピック競技になったこともあるだろう。そのあと、リハビリトレーニングを経て、現在はおおよそ回復しているという。
- 杉本怜選手から指導を受けながらボルダリングに挑戦する
杉本選手のボルダリングを目の前で見た時、軽々と登っていく姿は競技というより、芸術に思えた。きれいなフォームで、迷いなく岩や石をつかんでいく。リーチの長さでは届かないところは、身体全体を使い、飛び跳ねて次の石や岩をつかみ、課題を克服する。
実際にやってみて分かったことだが、本当に身体の端を使う競技だと感じた。「押す」力ではなく、「引く」力が重要で、指先、足先の緻密なコントロールが求められる。つまり、杉本選手に言わせると「指力」が必要だ。
たくさんの競技があるが、こんなにまでも身体の端を使って行う競技はなかったのではないだろうか。そして次から次へと目標ができ、とても楽しい。一般の方にも十分楽しめるスポーツだ。
- 思ったように体が動かないことや腕がパンパンに張ったことで弱音を吐く場面も…
●リード、スピードとの複合種目
杉本選手がボルダリングを始めたきっかけは、家族の趣味だった山登りにあった。
「小学3年生の時、目の前の壁が登れなかったことが悔しくて今までやっています」
登れなかった悔しさから、この競技にのめり込んだ。
「今までは、そんなに注目もされなかった。今は環境が変わってきている」
次のオリンピックで正式種目になった時点から注目度も変化してきている。
杉本選手はボルダリング競技のチャンピオン。実は、東京オリンピックから新競技に追加されたのはボルタリングだけでなく、「スポーツクライミング」といって、3つの種目(リード、ボルダリング、スピード)の複合種目で実施されることになりそうだ。つまり多くの能力が必要とされる。3種目の合計で順位が決められるのだ。加えて2人の選手が同時に競技を行う。「精神力」も重要になりそうだ。
「考えるのが好きなので」
そう答える杉本選手は、3つの要素が必要となることにも前向きだ。
- 最後には笑顔でVサイン
●1月29日に「日本一決定戦」
1月29日に東京・代々木第2体育館でジャパン・カップが行われる。ボルダリングの日本一を決める試合だ。杉本選手にとってはケガからの復帰戦。その大事な試合を前に、面白いことを教えてくれた。
「このジャパン・カップで、男子は11回中全て違う選手が勝っています」
絶対に勝つといえない競技。チャンスが誰にもあるということが言える。変化が激しいところも見所なのかもしれない。
杉本選手のように、素晴らしい選手がたくさんいる。東京オリンピック・パラリンピックがアスリートたちの励みになっていることは間違いない。
アスリートとの出会いで、毎回思うことがある。アスリートファーストで競技大会を考えていきたいと感じる。だって人生かけて競技を行っているのだから。支える私たちにもできることはある。
何かと騒々しい周囲の動きとは別に、金の卵たちは虎視眈々と2020年を見据えている。【伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表、JOCオリンピックムーブメント・アンバサダー】
- 指導を受けた杉本怜選手と身ぶり手ぶりを交えて話す
◆取材協力 今回の取材は、クライミングジム「フィッシュ&バード」(東京都江東区東陽7-4-12 電話03-5633-7883)の協力のもと行いました。1月26日付の日刊スポーツ紙面でも、伊藤華英さんのボルダリング体験を紹介しています。