スポーツにとって、選手にとって観客とは何か。私には思い出す試合がある。02年12月15日、駒場スタジアムでのサッカー天皇杯、浦和-福岡戦。戦力外通告を受けたミスターレッズ”FW福田正博の最後のホーム戦だった。約1万5000人で埋まった会場は開始前から「ゲット・ゴール・フクダ」の大合唱。当然、試合後にサポーターとの感動的なフィナーレが待っていると思っていた。

空気が一変したのは後半。前半1点を先制した浦和の運動量が落ち、集中力も欠いて2失点の逆転負け。声援が罵声に変わった。「それでもプロか」「やめちまえ」。ヤジは容赦なかった。ブーイングは試合後も続いた。愛するエースの地元最後の試合でも、ふがいない内容には断固抗議する。その厳しさに驚いた。

「ずっとサポーターからプロの厳しさを教えてもらってきたから。オレらしい最後なのかな」。無言で控室に引き揚げてきた福田のコメントにハッとした。観客の温かい声援は選手の背中を押してくれるが、観客の厳しい声もまた選手を成長させてくれる。ブーイングだってありがたい観客の愛情の裏返しなのだと思った。

64年東京五輪の体操女子金メダリストのベラ・チャスラフスカさんは、日本人にも絶大な人気を誇った。その華やかな演技は観客とともに演じていたという。「観客は私にとってガソリンみたいなものでした。演技前から拍手と声援が聞こえてくる。期待してくれる人たちを絶対に失望させてはいけないと闘志が沸いてきました。頑張るための燃料だったのです」。6年前、取材にこう語っていた。

コロナ禍で無観客試合が続いた。観客のいないスタジアムに響く打球音やボールを蹴る音も新鮮だったが、ゴールを決めても、本塁打を放っても、好プレーにも、歓声がない。何をしても称賛もヤジもない。選手もテレビで見ている方も張り合いがなかった。選手と観客が一体になってこそスポーツなのだ。それを無観客試合があらためて教えてくれた。

今月10日、プロ野球とJリーグで観客を入れた試合が再開される。まだ人数に制限はあるが、ようやくスタンドにあの歓声が少しずつ戻ってくる。幸運にもチケットを入手できた観客の方々には、どうか1人で3人分の声援やブーイングを送ってほしい。ガソリンを投入された選手たちのプレーは、必ず躍動感を増すはずだ。【首藤正徳】