「てめえらッ、この野郎~!」

女子バレーボール日本代表を率いる中田久美監督(53)にまつわるエピソードで、これほど有名なものはないでしょう。

04年初夏、アテネオリンピック(五輪)出場権を獲得した日本代表の選手たちは、祝勝会後にホロ酔い気分でテレビのスポーツ番組に出演し、アナウンサーの声も聞こえないほどの大騒ぎをしてしまいました。五輪予選を振り返るVTRに入った瞬間、ゲスト出演していた中田監督(当時は解説者)が、選手たちを大声でしかり飛ばしたのです。この時、運悪く? マイクはオンのまま。その怒声は全国に流れてしまいました。

「闘将」「鬼」から「スケバン」(命名は大林素子さんらしい…)まで、中田監督はさまざまな例え言葉で語られてきました。シンプルに言えば「怖い人」です。僕は今年から日本代表を取材するようになったばかりで、まだ中田監督と接する機会も少ないのですが、その印象はかなり変わりつつあります。

9月30日、現在開催中の世界選手権1次リーグでオランダにフルセットで惜敗した後の記者会見でのことでした。5戦全勝での2次リーグ進出を宣言していた中田監督は、悔しさをかみしめるように記者の質問に答えた後、表情を少し緩めてこう言いました。「みなさん、電車はあるんですか? 大丈夫ですか?」。台風24号の影響でJR線が完全ストップするなど交通機関に大きな影響が出ていたあの夜です。中田監督の気遣いに心が温かくなりました。

今の代表選手はみんな、中田監督を親しみを込めて「クミさん」と呼びます。新エースの黒後愛選手は、監督行きつけの美容院を紹介してもらったそうです。所属の東レで活動中も、LINEで頻繁に連絡を取り合っているとのこと。黒後選手は「クミさんとはいろいろな話をします。何でも相談できるし、頼もしいです」。選手たちにとって頼れる母親、姉、先輩といった存在なのでしょう。そこには深い優しさが感じられます。

今年5月、ネーションズリーグでオランダに0-3で完敗した時、中田監督は会見で涙を流しました。ふがいない戦いぶりに我慢がならなかったのでしょう。それでも「しっかり選手と向き合って、やるべきことを確認したい。これは私自身の問題でもある」と、決して選手を責めず、敗因を自らの指導力に求めました。30日の会見では「選手は最後まで積極的に戦ってくれました。悔しいが、プラスになる試合。ネーションズリーグの時は戦う以前の問題でしたが、チームらしくなってきました」と、選手の4カ月間の成長を評価したのです。

中田監督の優しさがベースにあるから、選手たちは厳しさも受け入れられるのでしょう。揺るぎない信頼関係が今の日本代表を支えているのだと思います。

14年前、怒声が全国にオンエアされた後、日本バレーボール協会は中田監督にこう伝えたそうです。「ご指導、ありがとうございました」。【小堀泰男】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)