御所実の選手を指導するプロコーチの二ノ丸友幸氏(右)(撮影・松本航)
御所実の選手を指導するプロコーチの二ノ丸友幸氏(右)(撮影・松本航)

奈良県の中部に位置する御所(ごせ)市。人口約2万5000人の地で力をつけた御所実が1月7日、全国高校ラグビー大会(大阪・花園ラグビー場)で4度目の準優勝を果たした。

監督就任31年目。59歳の竹田寛行は翌8日、一番乗りで学校に着いた。大会中のホテル暮らしを終え、日常が戻ってきた。午前6時から8~9升の米を炊き、部員の昼ご飯を作る生活。改造された自宅には、木製の2段ベッドが6台ある。4年前に寮ができたが、いまだに自宅で部員と生活する。そんな竹田には朝昼晩と1日3回、同じ相手と必ず電話をする習慣がある。

「なんか最近なぁ、○○が言うこと聞かへんわ」

竹田は必ず携帯電話をスピーカーに設定する。リビングにはもちろん、部員がいる。竹田に名指しされた教え子が、その場で叫ぶ。

「マルさん、そんなこと、ありませんよ~!」

電話の相手、生徒が「マルさん」と親しみを込めるのが二ノ丸友幸だ。御所実など12チームと契約を結ぶ40歳のプロコーチ。時期にもよるが週に1回程度、グラウンドにやってくる。部員と接する時間は正反対の指導者2人。竹田は二ノ丸の存在を大切にしている。

「ラグビーだけでなく、人間教育をしないといけません。学校現場は一般のニーズに合っているのか、合っていないのかの情報が少ない。世の中のことを一番知っている人間が出入りしないと、出遅れるんです」

二ノ丸には自らが「デュアルキャリア」と呼ぶ、2つの軸がある。コーチング業と人材育成事業。並行して取り組んでいる。人材育成事業の一例は、一般企業の社員や指導者に向けたセミナー。他にもプロアスリートのキャリア指導など全国を飛び回っている。

御所実でもプロコーチとしてラグビーの戦術を落とし込む一方、ミーティングにもこだわる。常に持つ物差しは「世の中」。部員への説明は1度しかしない。

「例えばコミュニケーション。話す力もですが、聞く力も大切です。100人いて、100人理解していないなら話し手の問題。でも99人が理解していて、1人だけが理解していないこともある。いかに聞いて、理解するのか。社会に出ると『他者評価』で物事が動きます。不平不満は『自己評価』ばかりが高い人から出ることが多いですよね」

御所実の選手を指導するプロコーチの二ノ丸友幸氏(左)(撮影・松本航)
御所実の選手を指導するプロコーチの二ノ丸友幸氏(左)(撮影・松本航)

東大阪市で生まれ育ち、野球に打ち込んだ。92年1月7日。親戚に誘われ、自宅から徒歩15分の花園ラグビー場で全国高校大会決勝を観戦した。大阪・啓光学園(現・常翔啓光学園)が28-8で東京・国学院久我山を下して初優勝を決めた一戦だった。当時小6だった少年はラグビーに衝撃を受けた。

「まず、監督が観客席にいることに驚きました。それに両チームの30人が常に動き回っている。野球は監督の指示だったり、打順だったりで、待つ時間が多かった。ほとんど見なかったラグビーが新鮮でした」

中学受験の志望校を啓光学園中に変更。ラグビーを始めると、啓光学園高で2年時から高校日本代表候補に選ばれた。同志社大に進み、就職したカネカは1年目の途中で廃部が決まった。クボタに移籍し、トップリーグでプレーしながら社業を両立。2つのことを同時に進める土台を築いた。

「カネカもクボタも、選んだのは仕事とラグビーを両立できるから。ありがたいことに、クボタは毎年研修がありました。マーケティング、会計…。その試験に合格し続ければ、13年目に課長になる試験を受けられる。34歳で管理職にしていただき、本当にたくさん学ばせてもらいました」

ラグビーは06年に引退。社業と並行して12年から日本協会のリソースコーチ(任命を受けたコーチ)となり、13年夏に運命的な出会いがあった。17歳以下の近畿選抜の合宿で指導した、御所実の選手に頼まれた。

「御所に来てもらえませんか?」

翌日の午前8時半、竹田から電話がかかってきた。

「生徒たちが『(御所実に)呼んでください』と言っています。来てもらえませんか?」

平日は社業、土日に無償で学校へ顔を出した。課長職を辞して16年秋に独立。竹田のことを「本音で苦言を呈してくれる人」と慕い、教えを胸に刻んできた。

「人生は時間の割合が大切なんや。ラグビーが2割。ラグビー以外が6割。残りの2割で勉強しなさい」

コーチングと人材育成。時にジャージー、時にスーツ姿で、あえて二兎(にと)を追ってきた。今春に卒業する高校日本代表候補のFB石岡玲英(3年)は、二ノ丸の教えに感謝した。

「マルさんには2つのことを学びました。入学した頃は自分のことだけを考えて、自分の中で『(要求に)足りている』『足りていない』を決めていた。でも『他者評価が大事だよ』と言われて、周りのことを考えるようになった。もう1つは伝えたいことを伝える力。講演会などで人の前に立つマルさんを見て、リーダーの1人として全員に分かりやすく、かみ砕いて伝える大切さを知りました」

二ノ丸と御所実のつながりは、20年度で8季目を迎える。悲願の花園初優勝と同時に、生徒の人間的な成長を目指すことにぶれはない。(敬称略)【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。