女子テニスで、元世界4位の伊達公子(46=エステティックTBC)が27日、自身のブログで引退を発表した。

 自己最高の世界4位となり、ウィンブルドン、全豪、全仏の4強に入った90年代の活躍から、96年に1度引退。08年に37歳で現役復帰し「アラフォーの星」として、多くの人々から支持された歩みを写真で振り返ります。

 


兵庫・園田学園高を卒業と同時にプロ転向

95年東レ・パンパシフィックオープン優勝

東レ・パンパシフィックオープン 優勝カップを掲げる伊達公子=1995年2月5日
東レ・パンパシフィックオープン 優勝カップを掲げる伊達公子=1995年2月5日

96年フェド杯で世界1位のグラフを破る大金星

フェドカップ1回戦 日本対ドイツ 伊達公子(右)は7度目の対戦で初めてシュテフィ・グラフ(左)を破った 1996年4月28日
フェドカップ1回戦 日本対ドイツ 伊達公子(右)は7度目の対戦で初めてシュテフィ・グラフ(左)を破った 1996年4月28日

96年 杉山愛、長塚京子と

フェド杯テニス・前夜祭 前夜祭に出席し、記念写真に納まる(左から)杉山愛、伊達公子、長塚京子=1996年7月13日
フェド杯テニス・前夜祭 前夜祭に出席し、記念写真に納まる(左から)杉山愛、伊達公子、長塚京子=1996年7月13日

96年 ダベンポート戦でプレー

フェド杯テニス初日 対ダベンポート戦でプレーする伊達公子=1996年7月14日、名古屋レインボーホール
フェド杯テニス初日 対ダベンポート戦でプレーする伊達公子=1996年7月14日、名古屋レインボーホール

 

96年アトランタ五輪にも出場。同年いっぱいで引退

サンチェスに敗れ準決勝進出ならず

アトランタ五輪女子テニス・シングルス準々決勝 アランチャ・サンチェスと握手する敗れた伊達公子。準決勝進出ならず 96年7月28日
アトランタ五輪女子テニス・シングルス準々決勝 アランチャ・サンチェスと握手する敗れた伊達公子。準決勝進出ならず 96年7月28日

 

99年、ベストジーニストにも選出

松嶋奈々子、島倉千代子、吉田拓郎らと

第16回ベストジーニスト1999授賞式 左から一般選出部門の松嶋奈々子、協議会選出部門の島倉千代子、吉田拓郎、伊達公子 99年9月27日
第16回ベストジーニスト1999授賞式 左から一般選出部門の松嶋奈々子、協議会選出部門の島倉千代子、吉田拓郎、伊達公子 99年9月27日

03年、ヤンキース松井と

松井秀喜(左)は試合前、伊達公子と笑顔で話す(03年8月25日)
松井秀喜(左)は試合前、伊達公子と笑顔で話す(03年8月25日)

 

12年のブランクを経て08年に現役復帰

笑顔で復帰会見

笑顔で復帰会見する伊達公子(08年4月7日)
笑顔で復帰会見する伊達公子(08年4月7日)

復帰戦には大勢の観衆が詰めかけた

カンガルー杯国際女子オープン・シングルス決勝 試合終了後、大勢の観衆にサインするクルム伊達公子(2008年5月4日、岐阜・長良川テニスプラザ)
カンガルー杯国際女子オープン・シングルス決勝 試合終了後、大勢の観衆にサインするクルム伊達公子(2008年5月4日、岐阜・長良川テニスプラザ)

ケーキをパクッ

東レ・パンパシフィック2日目 試合後、用意されたバースデーケーキを食べるクルム伊達公子(09年9月28日)
東レ・パンパシフィック2日目 試合後、用意されたバースデーケーキを食べるクルム伊達公子(09年9月28日)

 

「アラフォーの星」として支持された

必死の形相

東レ・パンパシフィック・テニス 2日目 対マリア・シャラポワ 第1セット 必死の形相でボールに手を伸ばすクルム伊達公子=10年9月27日
東レ・パンパシフィック・テニス 2日目 対マリア・シャラポワ 第1セット 必死の形相でボールに手を伸ばすクルム伊達公子=10年9月27日

時には悔しさも隠さず

東レ・パンパシフィック・テニス 2日目 シングルス1回戦、クルム伊達公子対マリオン・バルトリ 悔しさからか看板を蹴るクルム伊達公子=2012年9月24日
東レ・パンパシフィック・テニス 2日目 シングルス1回戦、クルム伊達公子対マリオン・バルトリ 悔しさからか看板を蹴るクルム伊達公子=2012年9月24日

リハビリを経て17年5月に1年4カ月ぶり復帰も…

カンガルーカップ国際女子オープン2日目 伊達公子対朱琳 第2セット、リターンする伊達公子(撮影・前岡正明)=2017年5月3日、長良川テニスプラザ
カンガルーカップ国際女子オープン2日目 伊達公子対朱琳 第2セット、リターンする伊達公子(撮影・前岡正明)=2017年5月3日、長良川テニスプラザ

 

プロフィル

◆伊達公子(だて・きみこ)1970年(昭45)9月28日、京都市生まれ。6歳でテニスを始め、兵庫・園田学園高3年で22年ぶりの高校総体3冠。卒業と同時にプロに転向。94年全豪、95年全仏、96年ウィンブルドンで4強入り。自己最高世界ランクは日本人女子最高の4位。96年フェド杯で世界1位のグラフを破る大金星を挙げた。同年9月に引退。08年4月に現役復帰表明。164センチ、55キロ。右利き、両手バックハンド。