日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

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アテネ五輪体操会場の記者席で、隣に座る中年男性が急にそわそわし始めた。ルーマニアの記者だった。

04年8月16日、体操男子団体決勝。日本が28年ぶりの団体金メダルに輝いた栄光の日は、史上まれに見る激戦となった。大本命の中国が予選に続いて得点が伸びず、下馬評2番手以下の国にチャンスが巡ってきたのだ。第1班は予選1~4位の日本、米国、ルーマニア、中国。ゆか、あん馬まで米国がリードしたが、3種目目のつり輪を終えて、ルーマニアが勇躍トップに立った。

ルーマニア人記者の慌てぶりは尋常ではなかった。10点満点で知られる白い妖精ナディア・コマネチを出した東欧の体操王国も、男子の団体はメダルと縁がなかった。興奮がビンビン伝わってくる。

競技開始は午後8時半(日本時間翌日午前2時半)。今と違ってインターネットで速報する時代ではなかったので、日本の新聞の締め切りに間に合わない私は、悠々と競技を楽しむ余裕があった。一方、欧州のルーマニアは、時間的に余裕で入る。一心不乱にパソコンのキーを打ち込む姿を横目に、競技の行方を見守っていると、やおらこちらに向かって何かを叫ぶではないか。言葉はわからないが、どうやら「得点状況はどうなっている? 教えてくれ!」などと訴えている。もはや電光掲示板を確認する余裕もないようだった。必死の形相。内心では君のアシスタントではないのだけれど…と思ったが、むげに断る理由もないので、班の演技が終わるたびに点数を計算して渡した。あまりに気の毒なので、しばらく助手に徹した。

跳馬、平行棒が終わってもルーマニアは首位をキープ。最終種目の鉄棒を残して順位は(1)ルーマニア144・422(2)日本144・359(3)米国144・297。1位と2位の差が0・063、2位と3位が0・062差で、着地が1歩動くだけで簡単に逆転が生じる状況だ。運命が決まる鉄棒、ルーマニアは2番目に登場したセラリウがまさかの落下で8・912…。机に突っ伏したルーマニア人記者は、しかばねのように動かなくなった。

日本は米田功9・787、鹿島丈博9・825、冨田洋之9・850と完璧にまとめて2位米国に0・888差をつけ逆転優勝。ルーマニアはそれでも3位に踏ん張り、男子団体初のメダルを獲得した。日本チームの記者会見に向かう時、くだんの記者と目が合った。おめでとう、と言ってくれたように思う。記者席でも国と国との戦いや、スポーツマンシップがある。それが五輪なのだろう。【岡山俊明】