悲願の初優勝を狙う天理大(関西1位)が、2大会ぶり3度目の決勝進出を決めた。2季前の決勝で敗れた明大(関東対抗戦1位)に41-15で雪辱。3連覇した84年度の同大以来、関西勢36大会ぶりの優勝に王手をかけた。

当時、同大1年だった小松節夫監督(57)と、天理大として三度目の決勝で頂点を目指す。2連覇を目指す早大(対抗戦2位)は、33-27で帝京大(同4位)に勝利。11日の決勝(東京・国立競技場)は天理大-早大の顔合わせとなった。

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秩父宮の冬空に天理大の雄たけびが響いた。7点リードの前半36分、ラインアウトでの苦戦を考え、相手ゴール前のペナルティーで選んだのは速攻。ロックのモアラのトライで主導権を握った。フランカー松岡主将は「全員の勝利だと思います」。就任26季目の小松監督は冷静だった。

「勝てたのはうれしいですが、日本一を目指してもう1試合できるのはありがたい」

関西勢が久しく開けられていない、日本一の扉だ。決勝へ進んだ早大には、30年以上の時を経た因縁がある。亡き平尾誠二さん、大八木淳史氏らを擁した同大が3連覇を飾った84年度、2年間のフランス留学を終えた小松監督は1年生で在籍。2年時には初戦で同大の4連覇を阻まれた。自身がCTBで先発した4年時は決勝で対戦。清宮、今泉らが先発した宿敵に10-19で屈した。以降の関西勢は11年度の天理大まで決勝にさえ届かなかった。

93年、小松監督がコーチとして出向いた天理大は関西Cリーグ(3部)。練習直前まで部室でテレビにかじりつく部員を見て「勝つ喜びを知らない。かわいそうだな」と思った。2年後から1925年(大14)創部の古豪を率いても、周囲から「OB会に行かない方がいい」と諭された。天理高から進んだ大学は同大。“外様”と感じ「いつ『辞めてくれ』と言われるか、分からなかった。でも僕の場合はどん底だったから、良かったのかもしれない」。根気強くラグビーの面白さを伝え、就任7年目でAリーグ昇格へ導いた。

実直な指導は人を引き寄せた。コーチ1年目に入学し、元日本代表で神戸製鋼でも活躍した八ツ橋修身BKコーチら教え子が、今は首脳陣にいる。「『戻って来てほしい』『戻りたい』となった」。外国人留学生も05年に日本航空石川高が花園初出場を果たした際、大学のグラウンドを貸したことがきっかけだ。留学生は日本語を操り、全寮制で後輩の兄貴分になる。小松監督は「トンガやフィジーに(留学生を)探しに行ったことはない。うちに特別扱いはないし、助っ人ではなく仲間」と言う。

昨季の準決勝で敗れた早大戦まで中8日。因縁の対決を前に、知将は誓った。

「そこで勝つということを、もう1度しっかりと考え、いい準備で臨みたい」

国立の舞台で、歴史を変える時が来た。【松本航】

○…新型コロナウイルス感染拡大のため首都圏1都3県が政府に緊急事態宣言の発令を要請したことを受け、11日の決勝に影響を及ぼす可能性が出てきた。昨年8月に集団感染を経験した天理大は、試合後に状況を把握。その上でフランカー松岡主将は「何があろうと、まずは決勝に行くチャレンジができる。いい準備をして、勝つマインドでやりたい」と言い切った。

 

◆同大の3連覇 岡仁詩監督(故人)が率い、82年度に2大会ぶりの大学日本一を達成。決勝は18-6で早大を下した。83年度の決勝は日体大を31-7と圧倒。84年度の決勝では慶大を10-6で下し、史上初3連覇。翌85年度は初戦で早大に3-32。4連覇はかなわなかった。