安倍晋三首相は17日、20年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場建設計画の白紙撤回を正式に表明した。大会組織委員会の森喜朗会長が招致に尽力した19年ラグビーW杯は、同所での開催を断念した。総工費が2520億円に膨れた要因の現デザインと決別しなければ、安保関連法案の衆院強行採決で強まる国民の怒りが拡大すると判断。国際公約や森氏の「悲願」をほごにして「保身」を優先したが、国際社会の批判はじわじわ広がっている。

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安倍首相は17日午後、「現在の計画を白紙に戻し、ゼロベースで計画を見直すと決断した」と発表した。「主役は国民とアスリート。皆さんに祝福される大会でなければならない」と指摘。「(国民の)声に耳を傾け、計画を見直すことができないか検討を進めてきた」とも述べた。

総工費が2520億円に膨れ上がったことが判明し、国民や五輪メダリストからの批判も拡大した。有森裕子さんは「五輪が負の要素に思われることは、本望ではない」と涙を流して訴えた。もはや反発を無視できず、白紙撤回に傾いた。

計画見直しは、1カ月前から検討し「手続きの問題、国際社会との関係、大会開催までに工事を終えられるかどうかを考え、開催までに、間違いなく完成できると確信した」という。

しかし、関係者によると本格的な検討が始まったのは、約1週間前。10日、首相は国会答弁で、「これから国際コンペをやり、新しいデザインを決め、基本設計をつくるのは時間的に間に合わないと(事務方に)報告を受けている」と、見直しに否定的だった。6月末には総工費の額と、新競技場の19年5月の完成目標が決定。今月9日には、一部施工業者と契約も結ばれた。矛盾は明らかだ。

この1週間に、国会では首相肝いりの安保関連法案の衆院強行採決が行われた。法案への批判は強いが、新国立競技場の巨額工費への反発は、それを上回る。事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)には巨費投入に反対する抗議の電話が1週間で数百件も殺到。野党には「安保も新競技場も、国民の声を聴かずに突き進もうとしている」と関連づけられ、内閣支持率も不支持が支持を上回り始めた。

安保法案、新競技場ともにゴリ押しすれば、さらなる支持率低下は確実。首相は、競技場の見直しに踏み切った。しかし、野党は今後国会で今回の問題を追及する構え。安保法案の参院審議に影響するのは必至で、首相の思惑は外れた。

「どんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから、確かな財政措置に至るまで、その確実な実行が確証されたものとなります」。首相は13年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会のプレゼンテーションで、ザハ・ハディド氏案の競技場と財源を、東京の「強み」と強調した。ザハ案は撤回され財源の確保も難航。「国際公約」は揺らぐ一方だ。

国民の批判に追い詰められ、政権の維持を優先した結果の白紙撤回。安倍政権にとって、新たな潮目の変化になる可能性がある。

 

◆新国立競技場問題の経緯◆

▶2012年11月15日 日本スポーツ振興センター(JSC)が公募で、ザハ氏の事務所のデザインを選定。総工費の見積もりは1300億円

▶13年9月7日 20年夏季五輪・パラリンピックの東京開催決定

▶10月23日 下村文科相が総工費は最大約3000億円と表明

▶11月26日 JSCの有識者会議が延べ床面積を約25%縮小し、総工費を1852億円に抑える修正案を策定

▶14年5月28日 JSCの有識者会議が基本設計了承。総工費1625億円

▶15年5月18日 下村文科相が開閉式の屋根設置を大会後に先延ばしと表明

▶6月29日 下村文科相が総工費は2520億円と表明

▶7月10日 安倍首相が衆院特別委員会で、競技場デザインの変更は困難との認識を表明

▶16日 首相が建設計画見直しの検討を表明

▶17日 首相が建設計画を見直すことを表明

 

■ザハ事務所も驚き 賠償生じる可能性も

12年11月の国際コンペで選出された英建築家ザハ・ハディド氏のデザインがお上の一声で、白紙撤回された。2年8カ月。尽力してきたザハ事務所と設計チームの設計図は、一瞬にして紙切れとなった。

ザハ事務所の関係者は「びっくりしている。50年先、『昔、あの競技場でオリンピックをやったんだ』と誇りを感じられる、国立にふさわしい競技場を日本に残そうと一生懸命にやってきた」と肩を落とした。

JSCが主体となった国際コンペで、正式な手続きを踏んで採用されたザハ案はいきなり、はしごを外された。以前JSC鬼沢佳弘理事は契約解除となった場合、「損害賠償の訴えが起きる可能性もある」と懸念を示していた。しかし、関係者は「そういうことよりも今は『新国立は大丈夫なのか』という思い。日本最高の設計4社(日建設計、日本設計、梓設計、アラップ)が結集して行ってきた設計。それを超えるものが造れるのか」と吐露した。

ザハ事務所と設計チーム4社の総意は、総工費高騰の原因はデザインが問題ではないということ。英ロンドン本部の担当役員ジム・ヘベリン氏も競技場の工費増は「デザインが原因ではない」と指摘し、「東京での建設費急騰が背景にある」との声明を発表した。

JSCによると、ザハ事務所にはデザイン監修料の一部として14年度までに13億円を支払い済みで、契約解除時に違約金を支払う条項は設けていない。ザハ事務所側は今後の対応を協議中。菅義偉官房長官は17日の記者会見で、損害賠償などについて「適切に対応する」と述べた。