ラグビーの元日本代表選手で、指導者として高校日本一に導いた「泣き虫先生」こと山口良治(やまぐち・よしはる)さんが29日午前8時13分、脳梗塞のため京都市内の病院で亡くなった。83歳。伏見工高(現京都工学院高)の監督、総監督として全国高校大会で4度の優勝と2度の準優勝。ドラマや映画でブームを巻き起こした「スクール☆ウォーズ」のモデルとして知られた。
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もう、25年前の話になる。当時、伏見工の総監督だった山口良治さんに「朝駆け取材」をして、単独でじっくり話を聞いたことがあった。
場所は、近鉄奈良駅から歩いて10分ほどにある吉田屋旅館(現さるさわ池よしだや)。伏見工の全国高校ラグビー出場時の定宿だ。真冬の朝8時前に出向くと、山口さんは「寒かったでしょう」と優しい言葉で気遣ってくれた。快く自室へ招いてもらい、熱いお茶も出してくれた。大きな窓からは、猿沢池が見えた。
まだ入社2、3年目の私のつたない質問にも嫌な顔ひとつせず、山口さんはいろいろな話をしてくれた。一生懸命練習に取り組んできた教え子の話、頑張ったのにメンバーに選ぶことができなかった生徒への思い、恐怖を振り払い勇気を持ってタックルする大切さ…。話が徐々に熱を帯びていくと、山口さんは心を落ち着けるように、窓の外の美しい景色に目を移した。その目尻からは光るものが、こぼれ落ちていた。
「試合に出る選手は、出られない選手の悔しさを思い、一緒に頑張ってきた仲間を信じ、そしてここまで育ててくれた両親への感謝の気持ちを持って戦ってほしい。『信は力なり』です」
そんなゲキを、試合直前のロッカールームで選手たちにも投げかける。伏見工のメンバーは感極まり、涙を流しながらグラウンドへ向かっていた姿が忘れられない。
スタンドから見守る山口さんも、選手と同じ気持ちで戦っていた。冬の冷たい雨が降ろうが、傘はささない。ズブぬれになって、教え子を見届けていた。まさに、あの昭和の人気ドラマ「スクール☆ウォーズ」の世界だった。
いつも、こちらの右手が痛くなるほど、大きく肉厚な手で強く握手をしてくれた山口さん。優しく、熱く、全力を尽くして生きていくとは、どういうことか。人生で大事なことを教えていただいた。かなうなら、もう一度、強く右手を握りしめたかった。
【元高校ラグビー担当=木村有三】


