突然、隣に座る夫が、打席に立った筒香にスマホを向け、録画ボタンを押した。2016年(平28)10月、DeNAにとって初のクライマックスシリーズ。巨人との決戦に、南場は闘病中の夫・紺屋勝成氏とともに東京ドームへ応援に向かった。

初戦。1点を追う展開で、スマホ画面に映る主砲が、右翼スタンドへ逆転2ランを放つ。歓喜に沸く左翼スタンドをそのまま写し続けた。分け目の第3戦。嶺井が打った延長11回勝ち越しタイムリーには、スタンドから絶叫した。

亡くなる2カ月前のことだった。この夫の姿に、南場は野球の力を思い知る。

南場 腹の底から大きな声を出したんです。今思うと、それが彼の最後の雄たけびだった。野球というのは、こんなにも心を震わせるのかと。生きざまに入り込むことができるパワーのあるスポーツ。主人にとって、とても大事なものだった。その奇跡の録画と雄たけびを見て、野球が彼に生きがいを与えていたんだなって実感しました。

オーナー就任2年目のこの年、夫の病状は悪化。再び仕事のペースを落として自宅での看病が続いた。日課は、リビングでDeNAの試合をテレビ観戦すること。野球経験者でもあった夫が、イキイキと話す“解説”に耳を傾けた。対峙(たいじ)する打者への配球、ベンチからサインを送る監督の意図。投手、打者、捕手、監督、それぞれの目線で話す夫との時間に、幸せをかみしめていた。

南場 主人とは、それまで野球の話はしたことがなかった。オーナーになった後、病気になって看病の間、野球のおかげでいい時間を過ごせました。野球に詳しい彼の話は楽しくて、その野球の見方に私自身ものめり込んでいきました。

もう1人、かけがえのない人を、野球がつなぎ留めてくれていた。厳格な父と、晩年に交わした会話も野球だった。「今日は負けたな…」。最後に電話で聞いた父の言葉だった。亡き父と夫が、最後に教えてくれたことを、今深く胸に刻み込んでいる。

南場 人生のある瞬間をくくり出すときに、そこには野球が入り込んでいる。ある状況を思い出すときに、野球が自然と記憶をよみがえらせる役割を果たす。野球というのは、そうやって深く人生に入り込んでいるんです。静と動があるスポーツですから、いろんな楽しみ方がありますよね。プロ野球という1つの大きなステージの上に、横浜DeNAベイスターズがある。野球というもののすばらしさを、もっともっと多くの人に知ってもらいたいんです。(敬称略=この項おわり)【栗田成芳】