話題が、今年のキャンプの時期にさかのぼる。川藤幸三会長をはじめ、我々OB会役員で沖縄へ恒例の陣中見舞いに訪れた。南信男社長、和田豊監督ら球団幹部と会食をしていた中で「今年注目の新人は江越ですね。バットの振りはシャープだし、パワーもある。足も速いし、守備も肩がいいしね。大いに期待できる選手ですよ」と中村勝広GMが太鼓判を押した。球団関係者のみんなも納得していたので、早速、翌日の練習で江越の動きを追った。打撃。バットのヘッドスピードはなかなかのものだ。ランニング。足の運びは軽快。フィールディング。肩のいいのが魅力。本当に期待大である。

 即、とはいかないでも、自分のスタイルが決まれば“レギュラー”の素材。江越大賀外野手(22)身長182センチ、体重83キロ。右投げ、右打ちのルーキー。大学4年の秋季リーグでは駒大をリーグ優勝に導き、明治神宮大会でも頂点に導いた主砲。背番号がいい。大学の大先輩・新井貴浩(広島)の背番号「25」をそのまま引き継いだ。阪神の期待度もさることながら、江越にとっては雲の上の人。気持ちの上で重くのしかかる番号を、あえて背負う精神力は見上げたもの。和田監督も「いい素材」と見ており開幕1軍のスタートを切らせた。

 新人で開幕1軍はたいしたものだが、プロの世界は甘くなかった。打てない。エラーもした。反省材料を両手いっぱいに抱えてファーム落ちした。「現実を受け止め、何をすべきか考えながら練習していきます。1軍のピッチャーは甘い球はほとんどない。だから甘い球は必ず仕留めないとチャンスはない。この点を解消しないと、2軍でいくら打っても1軍で結果を残せない。守りでは外野に飛んできた打球は全部捕りにいくつもりで、練習中もセンターを守って試合と同じ感覚で打球を追うようにしています」。2度のファーム落ちを経験したが、つい先日再昇格した。与えられた試練は自分に打ち勝つチャンスだと思って前に進むことだ。

 過去に、今の江越と同じ感覚を持った選手を何人か見てきた。阪神へ移籍してきて、キャンプ中ほとんど外野でバッティング練習の打球を追っていたのは、現在日本ハムでバッティングを担当している柏原コーチは「ノックの打球より、本物の打球のほうが練習になる」。同コーチは元々が内野手。コンバートで実戦を熟慮して出した結論である。そして、試合でフライを捕球した外野手のすぐ後ろまで、必ずバックアップに走っていたのは新庄剛志氏。全打球を捕るつもりだったのだろう。球界ナンバーワンといっていい守備力。同選手の考えは、正解だろう。この両者の練習法を大いに見習ってほしいと思う。

 肝心要の打撃。江越がはじめにファーム落ちした時、掛布DCが盛んにアドバイスしていたのが「三塁線、ファウルになってもいいから、意識して思い切り引っ張れ」だった。プロのスピードについていけなかった。差し込まれてバットの芯で球をとらえることができなかった「引っ張ろうとしたら、腰も肩も水平に回さないとしっかり打てません。体を水平に回すのはバッティングの基本ですから」(江越)。徹底した指導が実り、先日1軍に上がる前に話を聞いた際には「もう大丈夫です。ライト前のヒットもいままでみたいにこすった打球ではなく、しっかりたたいていますから、もう大丈夫です」と自信に変わっていた。見通しは明るくなっている。

 そういう意味で師匠の掛布DCは基本ができていた。体が水平に回らないと打てない逆方向へのホームランはかなり数多く見せてもらった。1985年リーグ優勝を決めた一発も左翼のポールを直撃したもの。ましてや甲子園球場は浜風(逆風)が常にふいている。バースもそうだったが、レフトへもホームランが打てない左バッターにホームラン王は獲れない。

 江越よ-。師匠に近づく過程の努力を惜しむな。何事もどん欲に吸収することだ。今回の昇格、進歩の跡が見られる。即スタメンの起用は2回の先制三塁打で結果を出した。「1軍に上がるだけではダメなんです。早くレギュラーになれるように頑張ります」ファームでの6盗塁はチームトップ。三拍子揃った選手のレギュラー獲り。チーム力はアップする。現在の阪神なら可能性は大。チャンスだ。しっかりとつかみ取ってほしい。