もう、後がない。6年目にして土俵際に追い詰められた。今季、育成枠に降格となった。4月にはBCリーグ石川へ修業に出た。厳しい立場に立っているのは阪神一二三慎太外野手(23)である。高校時代は春、夏連続して全国大会(甲子園球場)に出場した。特に夏の大会ではエースとして東海大相模を準優勝に導いた逸材。

 ドラフトでは2位の指名。鳴り物入りでプロ野球の世界に飛び込んだ。大きな夢を抱いていたことだろう。その中には、桧(ひのき)舞台で活躍する自分がいた。スポットライトを浴びる勇姿があった。契約金6000万円、年俸720万円(いずれも推定)。高卒ルーキーでは高額な条件が期待のあらわれ。ファンからも将来の中心選手になる期待を寄せられていたが、いまだ、1軍の経験はない。不運もあったが、現実は厳しい。

 入団した年、春季キャンプで早々に右肩を痛めた。再起をかけて懸命に治療に専念したが、回復の見通しがたたない。2年目、思い切って野手転向を決断した。一二三はバッターとしても非凡な力を持ち合わせていた。高校での、2度にわたる甲子園で通算25打数15安打1ホーマーを放った打率6割のハイアベレージが証明している。187センチ、91キロ、恵まれた体はチームの若手で、一、二を競うパワーの持ち主でもある。野手に転向したときの取材では「野球を少しでも長く続けられるようにと思ってバッターに転向しました。決断した以上は一生懸命練習して、バッターとして一人前になれるよう頑張ります」としっかりと前を向いて練習に取り組んでいた。

 投手と野手。体力強化の練習方法には変わりはないが、技術面となると同じ野球でも球を投げるピッチャーと、バットを振るバッターでは練習内容が変わって当然だ。イチからのスタートとなる。簡単にできるものではない。基本には変わりはないが、その他は、正しい体の動きを主体に、自分にあったフォームを身につけることが要求される。腕の使い方、上半身と下半身のバランスのとり方等々、かぞえたらきりがないが、センスは申し分ない。持ち前の長打力も発揮して4年目(バッターに転向して3年目)には、ファームではあるが4番バッターに抜擢されるまでに成長した。

 掛布現監督がアドバイザーに就任したときだった。長打力には魅力があった。掛布チルドレンの1人として期待を寄せた。一二三本人いわく「力を抜いて、遠くへ飛ばせ、と言われています」と語っていたが、その意味はわかっている。要するに同監督が言いたいのは「余分な力を抜け」である。真面目に取り組み、頭角を現し始めた矢先だった。またも不運が-。鳴尾浜球場、レフトを守っていた。ファウルボールを追ってのこと。フェンスに体ごとの激突を避けようと、左足でフェンスを蹴った。辛うじて方向転換はしたものの左足首剝離骨折。泣く泣く戦列を離脱せざるを得なかった。

 バッターとして順調に成長してきたが、なぜか、昨年から成長がストップした。プロの世界。分厚い壁に阻まれた。焦りからだろうか完全なボール球に手を出す。当然バットが空を切るケースが多くなる。伸び悩みだ。見かねた首脳陣は気分転換を含めて、BCリーグ石川へ武者修業に出した。

 昨年、ストレートでストライクが取れなくて派遣した田面は福井で進化して帰ってきた。さらに今季は1軍で登板するまでになった成功例がある。2匹目のドジョウを期待したが、掛布監督「あまりかわっていない。でも、頑張ってほしいね」だった。

 あとは一二三がどこまで頑張るかだ。勝負する期間はまだ2カ月ある。石川では「ハングリー精神を学んできました」。プロ野球の世界を目指しながら目的を果たせなかった選手の集団だ。悔しい思いをしている。それでも、なおかつプロを目指して野球に取り組んでいる各個の気持ちが伝わってきたのだろう。今、一二三に一番必要なものを吸収してきた。「もう僕の立場はやるしかないです。頑張るしかありません。理屈などこねている場合ではありません」。過去、この世界を志半ばで去っていった仲間を何人も見てきた。現実は厳しい。試合に出場する機会が少なくなった一二三だが、気概の見せどころだ。【本間勝】

(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)