「ナイスボール」。ブルペンから大きな声が聞こえてくる。

 今度はグラウンドで「コラーッ。なんや、その走り方は。フラフラやんか……。もっとしっかり走らんかい」。しっ責の声が飛ぶ鳴尾浜球場。ところかまわずしっ咤激励して若いピッチャーのやる気を促しているのは、今季から育成コーチに就任、若手投手成長のカギを握っている阪神福原忍新コーチである。

 虎一筋-。昨年18年間の現役生活にピリオドをうった。プレーヤー時代は先発として、中継ぎとして、抑え投手として数々の経験を積んできた。豊富な経験に厚い人望。指導者としてうってつけの人材だ。同コーチが入団した年は、私、広報部長として常にチームと同行して一緒にペナントレースを戦っていた頃で、当時指揮を執っていた、あの辛口の野村監督が「とにかく球が速い。いいピッチャーや。こういうピッチャーをドラフト3位で仕留めてくるスカウトの目はたいしたもんや」とホレ込んだ投手。リリーフでの起用が多かったものの、新人で10勝7敗9セーブは立派な成績。その後も2004、5、6年は先発ローテーション入りして2度の2桁勝利を挙げ、2014、15年は42、39のホールドポイントを挙げて最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した実績の持ち主。

 実績もさることながら、私がフロントに在籍していた頃、定年で退社してからも球場へ通い詰めているが、福原の悪いうわさは耳にしたことがない。「一番大事にしていきたいのは選手とのコミュニケーションですね。どんな事でも遠慮せず“お前はまだ力がないから1軍へ行けないんだ”など、はっきり現状を伝えられるコーチになりたい」のが願望だ。実直な人柄の福原らしいコメントだが、己に妥協を許さず、野球と真面目に取り組んできた結果の18年間。昨年は阪神タイガースOB会でも、彼の功績をたたえて11月26日に行われた同会総会の場で表彰して労をねぎらった。

 立派な実績を誇ってのコーチ就任とはいえ、他人を指導していくのは非常にむずかしい。「確かに、人に何かを教えるのはむずかしいですね。1人1人選手によって考え方は違うし、体の強弱も違う。選手全員に同じ指導をしてはいけないと思うし、その点がコーチとして一番間違ってはいけないところですし、その都度選手とよく話し合って、フォームひとつにしても、そのピッチャーに合ったフォームを見つけていきたい。やっぱり会話でしょうね。それと若い人が多いですから、どうしても基本です。まずは、基本をしっかりたたき込むことです」。高校出の投手もいる。場合によっては初歩的なことからの教えも必要になってくる。

 コーチと選手-。練習などをやらせる側とやらされる側。立場は正反対になる。だから、選手はコーチ陣をよーく観察していて、新コーチにはかなり厳しい面はあるが福原の人間性なら大丈夫。「立場上、当然のことですが、選手が私を必要とするなら、いつでも、何時まででも付き合いますよ。仕事ですから」きっぱりこう言った。今年もドラフト3位で才木浩人(須磨翔風)、同4位で浜地真澄(福岡大大濠)ら将来有望な新人が入団した。若いピッチャーの成長は同コーチの手腕にかかっている。期待は十分。大いに注目したいね。

 高校出の投手は少々時間を要するだろうが、手取り足取り指導する毎日が始まった。拘束時間は長い。選手時代のように自分の練習が終わったからといって、さっさと引き揚げるわけにはいかない。責任が重くのしかかるものの、福原にはいままでにはなかった“一服の清涼剤”が……“家族のだんらん”だ。そういえば育成コーチには遠征がない。「毎日家族と一緒に食事できるのはいいですよ」間違いなく精神的な癒やしになるし、あくる日のエネルギーになることだろう。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)