ヤクルトを退団した宇佐美康広さん(42)に、テレビ出演の話が舞い込んできた。引退直後に入社した広告代理店を辞め、定職に就かず飲み歩いていた2002年だった。

 フジテレビ系列の人気番組「クイズ ミリオネア」だった。


店内に並べられたグラブの前に立つ宇佐美さん
店内に並べられたグラブの前に立つ宇佐美さん

 最初の早押し並べかえクイズで波に乗った。


 (問題)次のデュエット曲を発売された古い順から並べなさい。

 A 愛が生まれた日

 B 3年目の浮気

 C ロンリーチャップリン

 D 昭和枯れすすき


 宇佐美さん(以下、敬称略) 飲み歩いて、よくカラオケとかやっていましたからね。ラッキーでした。(正解はD-B-C-A)


 その後も順調に正解を重ね、賞金100万円をゲットした。


 宇佐美 キャッチャーやっていてよかったです。記憶力には自信がありましたから。賞金のうち10万円は仲間と屋形船で遊びました。残りは…生活費です。このお金で生活していました。大きかったですね。


 そんな時に、のちに妻となる女性と出会った。


 宇佐美 結婚を考えて御両親にあいさつに行ったら「安心できる仕事に就いてほしい」と言われました。知人のショットバーでアルバイトをしている程度しか働いていなかったから。


 結婚のため、就職先を探した。不動産会社に入り、14年間務めた。

 この間に宇佐美さんの心情に変化が出てきた。野球に対する思いである。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 長男が小学2年生から野球を始めた。その姿を見ようとグラウンドへ向かった。遠くから眺めて帰るつもりだった。


 宇佐美 元プロだからって口を出したら指導者がやりにくいでしょう。そう思っていたんです。でも、グラウンドに行ったら野球好きの血が騒いじゃった。気付いたらノックバットを持っていて、気付いたらユニホームを着ていて、気付いたら監督になっていました。


 少年たちとボールを追い掛ける日々を過ごしながら、自分の気持ちに気付く。


 宇佐美 子供たちから野球の楽しさ、純粋さを学びました。


 そんな頃だった。2011年3月11日。東日本大震災が起きた。この年の8月、被災地のリトルシニアのチームを千葉に招き、「絆甲子園」という大会が開催された。

 宮城県から気仙沼リトルシニア、石巻リトルシニア、石巻中央リトルシニア、東松島リトルシニア。福島県から郡山リトルシニア、相双中央リトルシニアが参加した。

 千葉北リトルシニア、八千代リトルシニア、東京青山リトルシニアがホストチームになった。

 宇佐美さんは縁があってプロジェクトリーダーを務めた。


 宇佐美 野球ができる環境ではない子供たちに来てもらって、大会をしてもらおうと。野球を通じて仲間がいることを知ってもらいたいという目的で始まりました。最低でも10年続けるという目標で始め、昨年で第7回を終えました。この大会を通じて、あらためて野球ができるって幸せだと感じたし、やっぱり野球って素晴らしいスポーツだと思いました。


 絆甲子園は、「がんばる時はいつも今!」をスローガンに続けられている。昨年の第7回大会は福島県で開催され、12チームが参加した。

 大会を通じ、宇佐美さんの心境も変わってきた。


 宇佐美 元プロ選手として、その経験を還元していく必要があるんじゃないか。もう1度、野球を職業にできないかなと。そう思いました。ただ、野球スクールとか、そういうイメージは私には沸きませんでした。


グラブの手入れをする宇佐美さん
グラブの手入れをする宇佐美さん

 あるグラブメーカーの社長に会う機会があり、宇佐美さんは「野球でメシを食っていく方法ってありませんかね」と聞いてみた。「だったら、ここを見てきたらどうだ」と、都内のグラブ専門店を紹介された。


 宇佐美 2日後には行きました。グラブなどの物販で商売が成り立っていて、自分でもできないかなと思いました。少年野球を指導している時も、自分に合わないグラブを使っている子が多かった。用具を通じて、野球界に貢献できるのではと思いました。


 2016年春に不動産会社を退職し、見学に行ったグラブ専門店で半年間修業した。グラブについて勉強を重ねた。


 宇佐美 グラブは使う側でしたからね。感覚的には分かっているけど、意識的に学んでいませんでしたから新鮮でした。


 同年12月14日、埼玉県戸田市で「ロクハチ野球工房」をオープンした。ロクハチとは、現役時代につけていた背番号68に由来する。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 元プロ選手のグラブ専門家として、野球少年へのアドバイスをお願いした。


 宇佐美 そうですね。よくあるのが「そのうち体が大きくなるから」って大きめのグラブを買おうとする。でも、それはよくない。大きいグラブを使うと、網で引っ掛けて捕る癖がついてしまう。必然的に手のひらで捕れる大きさがいいですね。


 日々の手入れは。


 宇佐美 グラブも革ですから、自分の顔の手入れと同じようにと言っています。汚れている顔にクリームを塗りますか? まずは汚れを落とすでしょう。グラブも同じ。しっかりとクリーナーで汚れを落としてからでなければ、どんなにいいクリームを塗っても入っていきません。


 クリームを塗る際の注意点もある。


 宇佐美 必ず素手で塗ることです。素手だと塗りすぎないし、摩擦の熱で浸透しやすい。それからひもにも塗りやすい。


ロクハチ野球工房は、ホームページでのブログ(http://68-labo.jp/)やツイッター(https://mobile.twitter.com/68labo?p=s)、フェイスブック(https://www.facebook.com/68Labo/)、インスタグラム(https://www.instagram.com/68labo/)と、さまざまなメディアを使って情報を発信している。

 ブログなどの最後に必ず記されている言葉がある。


 コツコツが勝つコツ


 道具の選び方、扱い方、手入れで上達も違う。宇佐美さんは、道具を通じて野球の魅力を伝えていく。【飯島智則】