東北の1番ショート・杉沢龍(りゅう)選手がイキの良さを見せました。2打席目の2回、1死二塁。右中間に打った打球はフェンスを直撃。二塁を回り、三塁コーチャー・児玉修哉主将が腕を回すのを見てそのまま一気にホームイン。ランニング2ラン本塁打。「公式戦初ホームランです」と声を弾ませました。

 50mは6秒2。中学時代(秋田・大館シニア)は20本以上をランニングホームランにしたという快足の持ち主。3打席目には外角球をしっかり流し、逆方向にも打てる潜在能力を発揮しました。

 杉沢選手は東北高にとって“春の救世主”のような存在でした。夏のシード権がかかった春の地区予選。4月29日。「あと1勝で県大会出場」となる第2戦で仙台商に1-7で敗れ、チームに暗く重い空気が流れました。我妻敏(34)は流れを変えるべく次戦から杉澤選手をスタメンに抜擢。1年生の思いきりのいいスイングに周りが触発され、そこからチームは上り調子に。完封2連勝で第5代表をゲット。東北大会優勝までのストーリーが動き出したのです。

 「先輩が良くしてくれるのでプレッシャーはないです」と杉澤選手。実力のある選手はみんなで認め、切磋琢磨する。かつての高井雄平選手(ヤクルト)や、ダルビッシュ有投手(レンジャース)がそうであったように「勝利に向かう集団」の意識が創部112年の歴史で受け継がれているのです。

 心臓の強さは杉沢家のルーツに由来します。父孝児さん(47)は鹿児島実で1年生からAチームに同行した逸材。ケガで途中から軟式野球部に転部しますが、卒業後は社会人軟式チームの強豪、神奈川・日立オートモティブシステムズで内野手として活躍しました。種子島出身で妥協を許さない父の英才教育のもと、年長から野球にのめり込み、現在の「美しく力感のある打撃フォーム」が完成したのです。野球の経歴とは関係ありませんが、AKB48チーム8の谷川聖さんは同郷で保育園時代からの幼なじみ。2016年熱闘甲子園テーマ曲、AKB48の「光と影の日々」が流れる球場で、杉沢選手も「快音」を響かせました。

 準決勝の相手は仙台育英。この夏、大好きな3年生たちと一緒にどうしても対戦したかった相手です。「先輩たちと一緒に甲子園に行きたい。強い仙台育英を倒したいと思って東北に来たのです」と意気込む杉沢選手。前年王者・ライオン軍団に屈せず「昇り龍」となって、チームを勝利に導きます。【樫本ゆき】

 ◆樫本ゆき(かしもと・ゆき)1973年(昭48)2月9日、千葉県生まれ。94年日刊スポーツ出版社入社。編集記者として雑誌「輝け甲子園の星」、「プロ野球ai」に携わり99年よりフリー。九州、関東での取材活動を経て14年秋から宮城に転居。東北の高校野球の取材を行っている。