兵庫大会で、市尼崎が33年ぶりの優勝を飾った。8年ぶりの公立対決となった明石商との決勝で、センバツ8強に逆転勝ち。楽天池山隆寛打撃コーチ(50)らを擁した83年夏以来の甲子園出場を決めた。

 甲子園出場をつかんだ市尼崎の右腕エースは、攻撃中に塁上で鼻血を出し、マウンドではみぞおちに打球を受け、優勝セレモニー後「水…水が飲みたい」とベンチに駆け込んだ。気力、体力を使い切った平林弘人(3年)の姿が熱闘を物語る。

 センバツ8強、明石商との対決。前田大輝主将(3年)は「ここまで来ることができると思っていなかった」と口にした。5回戦は西宮今津と引き分け再試合。勝ち上がりは泥臭かった。

 決勝も、3回表の先制点はスリーバントスクイズ空振りも相手バッテリーエラー(暴投)の振り逃げで挙げた。1-2と逆転され、7回2死一、二塁から左前打の際は、相手三塁手の走塁妨害で二塁走者の生還が許され同点。そして8回に5番の平林が右翼線へしぶとく勝ち越し二塁打を放って逃げ切った。

 代走で決勝のホームを踏んだ堤敏夫(3年)は「あの瞬間、俺らでも甲子園へ行けるんや! と思った」という。入学直後に電車通学をする同学年数人と「3年までどう頑張ってもベスト16くらいか」と語ったことを思い出した。それが過去のこととなった。

 オレンジの地に紺のラインが入ったストッキング。33年前の夏は「紺にオレンジのラインで、今と逆でした」と山口和孝部長(36)が懐かしむ。前回甲子園出場チームは、池山隆寛(現楽天コーチ)が主砲だった。今夏のカラーは違う。「鼻血は毎日のように出るんです。打球も頭に食らったことがありますから」と、水を飲んで平然とした表情に戻った平林に、市尼崎の底力が見えた。【宇佐見英治】

 ◆市尼崎 1913年(大2)創立の市立校。生徒数956人(女子453人)。野球部は48年に創部、部員数は75人。甲子園出場は夏2度目。OBには楽天池山隆寛打撃コーチ、陸上やり投げのディーン元気ら。尼崎市上ノ島町1の38の1。西辰哉校長。

◆Vへの足跡◆

2回戦9-0夢前

3回戦3-0福崎

4回戦7-3長田

5回戦2-2西宮今津

5回戦再試合2-1西宮今津

準々決勝1-0報徳学園

準決勝5-3社

決勝3-2明石商