昨夏の甲子園でノーヒットノーラン目前で涙をのんだ中越のエース今村豪投手(3年)が7日、首都大学リーグ2部の大東大に進学することが分かった。夏の甲子園1回戦で富山第一に9回1死まで無安打投球を演じながら、手痛い0-1のサヨナラ負けで悲劇のヒーローに。確かな手応えと大きな悔しさを胸に詰め込み、今春から大学野球の舞台に活躍の場を移す。

 今村の伸びた髪は、普通の高校生そのものだった。顔の日焼けもすっかり消え、昨夏の激闘の跡は残っていない。しかし、目の輝きは変わらなかった。「ちょっと緩んだ」という体重70キロも、夏の68キロから2キロ増えただけだ。「体を全力で動かせるうちは、上のステージで頑張りたい。それが大学であり、社会人であり、プロにもいけたら、と思っている」。モットーは「継続は力なり」だ。

 夏の甲子園はたった2つの失投で快記録を、勝利を逃がした。富山第一戦は0-0の9回1死までノーヒット。ところが、4番狭間悠希(3年)に投じた110球目が右中間二塁打となって無安打記録は消え、続く5番河原大成(3年)に投じたスライダーも甘く入り、サヨナラ負けで高校野球が終わった。同校にとって22年ぶり甲子園1勝の夢も、115球目で打ち砕かれた。「記録が途絶えたことより、一番悔しかったのは負けたこと」。その強烈な体験が、大学4年間の原動力になる。

 夏休み中に、今村は選手寮を出て湯沢町の実家に戻った。通学は片道約1時間半。そのため練習に顔を出すのは週2回となったが、湯沢カルチャーセンターでのウエートトレーニングと、実家の柱に巻きつけたチューブでのインナーマッスル強化に励む。冬本番には得意なスキーで「楽しみながら下半身を鍛える」予定だ。神立高原、ガーラ湯沢は慣れ親しんだ滑走コース。「大学ではスタートダッシュして、1部に上がりたい」と準備に余念がない。

 大東大では文学部中国文学科で学ぶ。「(孫子など)兵法に関する本を読んで投球の参考にしたい」。打席に入る前のスイングや、構える足の角度などで打者の狙いを読むのが身上。そして、130キロ前後の直球と変化球で緩急をつけながら低めを突く。「1打者、1打者を、しっかり抑えていきたい」。新天地でも不変のスタイルで挑み続ける。【涌井幹雄】

 ◆今村豪(いまむら・ごう)1998年(平10)6月7日、湯沢町生まれ。湯沢中卒。野球は神立小1年から神立ペガサスで開始。高校でのベンチ入りは2年秋からで背番号1。直球の最速は同秋に計測した135キロ。スライダー、カーブ、シュート、チェンジアップと球種は多彩。左投げ左打ち。165センチ、70キロ。血液型AB。