どん底からはい上がった男が逆転ドラマの主役になった。オフに中日を戦力外となり、巨人の育成から支配下に昇格した堂上剛裕外野手(29)が、この日1軍に初昇格すると初安打、初打点、決勝ホームも踏んだ。広島前田から、1点を追う7回に同点の適時二塁打をマークすると、暴投の間に勝ち越し点を奪った。挫折を乗り越えるたびに強くなった堂上が、チームを勝利に導き、首位DeNAに2ゲーム差と接近した。

 思いの丈を、バットに込めた。1点を追う7回1死一塁。堂上は広島前田の外寄り直球に、思い切りバットをぶつけた。「菅野投手が力投していたので、絶対に点を取ってやるって気持ちでした」。打球は低空のライナーとなって、左中間を抜けた。スタートを切っていた一塁走者の片岡が同点のホームを駆け抜けた。移籍後初適時打後に三塁まで進むと、前田の暴投で決勝のホームを踏んだ。移籍後初得点が勝利を呼び込むと、大歓声を一身に浴びた。「巨人が取ってくれなかったら、なかった歓声だな…」と感無量だった。

 平たんな道のりではなかった。オフに中日を戦力外となり、巨人に育成枠で拾われた。また野球ができる-。「言い方はおかしいかもしれないけど、戦力外になって良かった。選手としてはダメなことかもしれないけど、人として感謝の気持ちが分かった」。宮崎キャンプでは市内に食事に行く際、「クビになった身だから簡単にタクシーを使うのも違うと思った」と1時間に1本の電車を利用した。サインを求められると「支配下になるまではプロとは思わないようにしている」と育成選手を表す3ケタの背番号「014」は書かなかった。1度は死んだ身。生活から謙虚に取り組み、紅白戦、練習試合、オープン戦とアピールを続け、背番号「91」を勝ち取った。

 直後にまた、どん底に落ちた。2月28日のヤクルトとのオープン戦、守備で右手親指付け根部分を骨折。1回守備で痛めたが「離脱するわけにはいかない」と2度も打席に立ち、後に骨折と判明して原監督を驚かせた。目標の開幕1軍は逃したが、挫折が心身共に強くしていた。「今までなら悔しさもあったと思うけど考えすぎても仕方ない」とバットを振り続け、自力ではい上がった。

 1軍初昇格で初先発、相手はマエケンという状況でも、酸いも甘いも知り尽くす堂上はぶれなかった。「目の前のことを全力でやる気持ちだけ」と力いっぱい、2安打1打点で球界屈指の右腕を打ち砕いた。原監督も「練習のスイングからずぬけている。野球、スポーツは気持ちが魂を奮い立たせる。彼に教わった。緊張、高ぶり、興奮の中で結果を出した。開幕はスタートできなかったが素晴らしい」と賛辞を並べた。

 初めてのお立ち台から、大喜びするスタンドを眺めた。数カ月前には想像すらできなかった絶景に「感謝の気持ちでいっぱいです。少し恩返しできたかな」とほほ笑んだ。気は優しくて力持ちの苦労人が、巨人に加わった。【浜本卓也】

 ◆堂上剛裕(どのうえ・たけひろ)1985年(昭60)5月27日、愛知県生まれ。愛工大名電では3度甲子園出場。高校通算46本塁打。03年ドラフト6巡目で中日入団。07年に内野手から外野手転向。同年8月11日巨人戦で延長12回に姜建銘から代打サヨナラ本塁打。昨季限りで中日を戦力外となり、昨秋巨人にテスト入団。育成契約を結んだが、今春キャンプで支配下登録。183センチ、85キロ。右投げ左打ち。背番号91。今季推定年俸1500万円。父照さんは元中日投手、弟直倫は中日内野手。家族は夫人。