誇りが詰まった逆方向だ。巨人のファンフェスタが23日、東京ドームで行われた。高橋由伸監督(40)は引退セレモニーの中で、菅野智之投手(26)と1打席限定の真剣勝負。2球目の外角直球をライナーで左中間へ運び、18年の現役生活に別れを告げた。新任監督として秋季キャンプを駆け回る中で時間を縫い、練習の虫らしくバットを振り込んで臨んだ。代名詞の放物線を節目とし、第2の野球人生を踏み出す。

 最後まで、自分らしさを貫いた。「4番 ライト 高橋由伸 背番号24」の聞き慣れたアナウンスで、高橋監督は一塁ベンチから登場した。バットに滑り止めのスプレーを入念にかけ、左手でヘルメットを触って打席へ。足もとをならし、ゆっくり構えを取った。18年間続けてきた所作に、ただならぬ緊張感が漂った。周囲は本気度を悟った。

 菅野が投じた初球の外角直球を、悠然と見逃した。真剣勝負に静まりかえる中、2球目。外角直球を、引きつけて、体の内側からバットを押し込んだ。

 詰まり気味ながら、美しい放物線が左中間に描かれた。抜けた! 東京ドームの4万5778人が息をのんだ。打球は2バウンドでフェンスに当たった。高橋監督の代名詞「逆方向への放物線」に大歓声が起きた。「打ちやすいボールを投げてくれた。思い切り振ったんですけどね」と照れくさそうに笑った。

 真剣勝負は真骨頂だった。現役最後の打席は10月17日、神宮でのCSファイナル第4戦。ヤクルトのバーネットに空振り三振し、今季最後の打者になった。その後、監督就任と同時に現役引退を表明したため、引退試合はなかった。ファンに勇姿を見せられるのは、この場が最後。秋季キャンプ地の宮崎には、白木のバットを2本、持ち込んでいた。練習休養日の16日の午前、ようやくできた自分の時間を削ってまで、室内練習場で打ち込み、備えた。

 全力が流儀だ。引退セレモニーのあいさつでは「誇れることがあるとすれば、巨人軍で現役生活をまっとうし、完全燃焼できたことだと思います」と言った。手を抜かず、不断の努力で信頼と実績を積み重ねた。立場は変わっても、ポリシーは変わらない。「試練も困難も待ち受けていると思います。選手時代以上に、皆様の声援を力強く感じながら、叱咤(しった)激励を受けながら、監督を務めていきたいと思います」。どんな時でも全力で取り組む姿勢を、最後の打席で後輩たちに見せた。

 入団時の監督で恩師の長嶋茂雄終身名誉監督(79)からは「勝つ 勝つ 勝つ!」と直筆で書かれたボールを手渡された。仲間の手で6回も宙に舞った。「最後に皆さんに誓います。どんな逆境にも立ち向かい、覚悟を持ってまい進します」。高橋由伸のような、強くたくましい選手を育て、巨人を再生してみせる。【浜本卓也】