広島新井貴浩内野手(39)が、ヤクルト3回戦(神宮)の3回無死二塁、左翼線に適時二塁打を決め、通算2000安打を達成した。

 もう1つの男気(おとこぎ)交渉だったのかもしれない。FA権を行使して出た球団に再び所属し、通算2000安打を達成するのは初のケース。07年オフにFAで阪神に移籍し、14年オフに広島復帰した新井貴浩内野手(39)。そのいずれも球団の窓口に立った広島鈴木清明球団本部長(62)と新井のやりとりを追い、経緯を振り返る。

 「メシ食うぞ」。8シーズンぶりの復帰が明らかになる前日の14年11月10日。広島市内で静かに杯をかわした。うれしかった。「あいつが好きなんじゃろうな。やっぱりあいつの人間性なんじゃろうな」。だが、1週間前まで、新井は07年オフと同じ状態だった。悩んで悩んで、揺れていた。

 「ええけえ、早く決めえやあ。前は言うこと聞かんかったんじゃけえ。ワシの言うことを聞け」

 電話口で、悩む新井に鈴木はそう言った。「交渉なんかしとらんよ」と笑う。新井の覚悟を、提示した推定年俸2000万円で試した。それ以上でも以下でもない。球団本部長としての評価だった。「本当にありがたいです。でも…」。返事で確信した。新井の正直さは誰よりも知っている。立場は人間鈴木へ変わった。「僕が戻っていいんでしょうか」。世間の目を気にする新井に何度も言った。「勝負せえ」。ヤジも批判もあるだろう。それを守るための低年俸でもあった。

 07年11月8日。新井は広島市内のホテルで会見を開いた。FA宣言をすればホテルで、しなければ球団事務所で行うのが通例。金本でも黒田でも、過去に鈴木がホテルに足を向けたことはなかった。「でも、どうしても気になって。真相が聞けるかもしれんというのもあった」。誰にも告げずホテルへと出向き、ドアにそっと手をかけた。わずかな隙間を開けて顔をのぞかせると、新井と目が合った。「つらいです…」。数秒後、新井は声を震わせ、涙を流し始めた。その前日7日に電話で告げられた「決めました」。そのときと同じ、震えた声だった。

 その7年後、鈴木は同じ言葉を聞くことになる。「決めました」。ただ、そう告げる新井の声は明るかった。(敬称略)【取材・構成=池本泰尚】