7年前の師走に、新宿・歌舞伎町のしゃぶしゃぶ店で食事をした。待ち合わせは東口の交番前。年の瀬でせわしない夕方の雑踏の中で、すぐに分かる大柄な男が立っていた。日本ハムにトレードが決まった大田泰示外野手(26=当時19)である。

 店は一番街の門を抜けた突き当たりにあった。コマ劇前の広場あたりで雑談が途切れ、大田は少し緊張してきたようだった。ヤクルト宮本との会食だった。

 当時38歳の宮本は選手として円熟期にあり、サードへのコンバートで新たな境地を開きつつあった。国際大会のキャプテンや労組の委員長を務めたことで、球界全体の利について考え、行動する姿勢も備えていた。オフには巨人の坂本、寺内と一緒に自主トレをするなど、大きな視点から自分の経験や技術を伝えていた。

 シーズン中の雑談で「大田はどうだい。大きな体でうらやましいなぁ。右の長距離打者は球界の宝になるからな」と話題になった。大型内野手として巨人に入団したが、サードの守備に自信がなかった。「じゃあ、オフになったら食事しながら守備の話でもしようよ」。こう加えた。「新宿がいいね。寮に帰りやすい。彼が食べたいものを食べよう。肉だろうな。でかいし、たくさん食べるんだろうな。あと、守ってる場面の動画を持ってきて。初対面だし、きっかけがあった方がいいでしょ」。

 数寄屋造りの個室に入った。宮本は酒を飲まない。大田は未成年。ウーロン茶で乾杯した。肉を注文し、早速動画を見た。宮本は5回ほど繰り返し再生すると立ち上がり、「まず構えだけど…」と話し始めた。大田に分かりやすいよう、身ぶりを交えながら基本を伝えた。大田も立ち上がり、一生懸命に動作を繰り返す。忙しく肉を運ぶ仲居さんは軽く驚いていたが関係ない。鍋を挟んだやりとりが続いた。

 煮えたら座って食べ、また立ち上がって…3時間ほど過ぎた。しかし、それにしても、動きながらもかなりの肉を食べた。「さすが、よく食べるなぁ。若いし体が大きいから」と感心した宮本は、〆のデザートを頼もうと「メニューを。大田も何か。遠慮なく」と言った。しばし吟味した大田は「肉をもう2人前、あとライスを大盛りで」と言った。

 しばし沈黙…からの爆笑である。宮本は「お前、まだ食べられるの? もしかして遠慮してた? でも、いい選手はみんな、ゆっくり、たくさん食べるんだよ。素晴らしい。いいな」と喜んだ。大田は恥ずかしそうに、でもぺろりと平らげた。優しく「門限があるだろ。帰ろう。グラウンドで会おうな」と言われて別れた。

 栗山監督からファイターズの帽子をかぶせてもらった大田は、あの時のように少し緊張していた。素直な人柄は北海道でも必ず愛される。札幌ドームで会うことを楽しみにしている。【宮下敬至】