神宮球場で「真打ち」のすごみを見てきた。もともとは寄席のトリを務める、実力ある落語家の階級を指す言葉だが、イロハを学ぶ前座見習いから始まり、実に15年ほどの歳月を要するという。オリックスから阪神に新加入した糸井嘉男はまさに今、そんな存在だ。

 プロ14年目の円熟味に触れたのは19日のヤクルト戦だった。1回無死一、二塁で打席へ。オーレンドルフの甘いチェンジアップを逃さず引っ張ると、矢のような弾道で、瞬く間に右翼席に突き刺さった。試合で軽々と放り込む怪力は昨季、リーグ5位のチーム90本塁打の阪神で新鮮に映る。格違いの打球を見届け、1カ月前に聞いたベテラン打撃投手の言葉を思い出した。

 2月の沖縄・宜野座キャンプ。チームスタッフ最年長の渡辺伸彦はドーム内で糸井が打つ相手を務めた。かつて阪神、オリックス、横浜で投げた右腕は今日22日に51歳になる。グラウンドでチームに寄り添う裏方は選手を映す「鏡」だ。プロ29年目、打撃投手17年目の「眼」に、糸井の打撃はどう映っていたのだろう。

 「フォロースルーがとても大きいよね。『ブワーン!』という感じで。練習だから、そういう動きをしているのかもしれないけど、あまりいないタイプだね」

 そして、現役時を思い起こして言葉を継ぐ。「昔、対戦した、清原みたいだよね。めちゃくちゃスイングが速いわけじゃなかったけど、球を乗せて打つ感じだった」。渡辺はオリックス時代の95年、西武清原和博に1本だけ、右翼へ本塁打を浴びている。打者のタイプは異なるが伝説の強打者になぞらえられる豪快さが、糸井の洗練されたフォロースルーから漂ってくる。

 強く振り切る-。金本監督になってからは当たり前の光景になったが、以前の阪神は違った。結果を求めるあまり、当てにいく、小さな打撃に終始する打者が多く目立っていた。さて、オープン戦のチーム打率2割7分5厘は12球団2位と善戦する。それでも金本監督が目指すところは高い。

 「昨年秋のキャンプの最後の方が、みんな一番、よく振れていた。やっぱり続けなあかんということ」

 実戦に入ると、練習量が減り、スイングも鈍くなってしまう。これからが真価を問われる季節だろう。さて、落語界では前座を務めると高座に上がれる二つ目に昇格する。自分の時間があるため、自覚が問われ、将来を左右する立場だ。1軍で奮闘する若虎は、今まさに「真打ち」になれるか試されている。(敬称略)

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