<広島3-5中日>◇3日◇マツダスタジアム

 広島前田智徳外野手兼打撃コーチ補佐(42)が引退試合と銘打たれたマツダスタジアムでの中日戦に臨み、24年のプロ野球人生に終止符を打った。3冠王3度の落合氏、4000安打のイチローが「天才」と認めた打撃の職人。8回の代打で投ゴロに倒れると9回には11年ぶりの右翼守備に就くなどハッスルした。度重なるケガにも苦しんだ超個性派は最後まで超満員のファンを沸かせてグラウンドを去った。

 誰よりも強く、そして誰よりも苦しんだ広島前田智の引退を同僚たちも見届けた。ともに外野を守るライバルでもあった緒方孝市打撃コーチ(44)は野球に取り組む姿勢に感嘆した。アキレスけん断裂の大けがを負った95年、リハビリに付き添った野口稔チーフトレーナー(45)も万感の思いで、天才打者最後の勇姿を目に焼き付けた。

 95年、試合中にアキレスけんを断裂した前田智は、入院生活後、リハビリのため廿日市市の大野室内練習場に通い始めた。野口チーフトレーナーは、当時3軍リハビリ組を担当。大けがで落ち込む前田智を支えた。「そばで話しかけるようにして、少しずつ口数が増えた」。妥協しない男は、リハビリにも全力だった。年末の球団仕事納め後も、大野のトレーニング室で1人汗を流すのを見た。

 翌年、戦列に復帰したが、その後も故障を繰り返す。数年後、マッサージすると故障前との筋肉の差に驚いた。「つきたてのモチというか、柔らかいけどコシのあるような素晴らしい筋肉だった。それが、人の体じゃないほど硬くなっていた」。バットマンとして理想を追い求めた末のけが。野口トレーナーは「心の強さに、体がついていけなかったのかもしれない」と述懐する。

 緒方コーチも、思い出すのはリハビリ中の姿だ。「治療しかやることがないはずなのに、動かせるところはずっと動かしていた」。

 00年、緒方は膝や足首の故障、前田智は左アキレスけんの手術を受け、ともに3軍でリハビリしていた。「前田は24時間野球のことを考えている。その姿勢には本当に驚かされた」という。

 2人は同僚で、同時にライバルだった。「負けてたまるかと思っていた。存在はいつも気になった。他球団を見ても、あいつよりスゴイやつは見あたらなかった」。当時の広島は江藤、緒方、前田智、金本と強打者がそろっていた。互いに意識し合っていた。

 09年、緒方コーチの引退試合では、その年、故障で1試合も出られなかった前田智が花束を手渡した。「最後に一緒にプレーできなくてすみません」と泣いた。緒方コーチは「あの時代の最後の生き残りだから、辞めるのは寂しい」と惜しんだ。前田智を知る2人は、最後の勇姿をしっかりと目に焼き付けた。【高垣誠】