綱とりに挑む大関稀勢の里(30=田子ノ浦)が危なげなく初日を出した。初顔合わせの東前頭筆頭の御嶽海を寄せつけず、盤石の寄り。テレビ局の密着取材を断って相撲に集中する大関が、30歳最初の場所で冷静に好発進した。横綱白鵬は高安を退けて自身6度目の30連勝。通算1000勝まで、あと12勝となった。

 仕切りのたびに手拍子とコールが起こった。今まで以上に綱とりへ高まるファンの期待。稀勢の里が感じる重圧は夏場所以上だっただろう。だが、気負いをみじんも感じさせなかった。左を固めねじ込み、右上手を引いての盤石の寄り。「思い切ってやりました。いいんじゃないですか、初日としては」。言葉には納得の感があった。

 初顔合わせの御嶽海。初日の初顔には過去5戦全勝だったが「上位に上がってくるだけの相撲取り」と気を引き締めて向かった。出番前、付け人にぶつかって汗を流す際には、勢い余って、若い衆が卸したばかりのステテコを破ったほど。「あっ、ごめん」と笑みをたたえた顔の裏には、並々ならぬ気合が隠れていた。

 30歳で迎えた最初の場所。そこには冷静な“大人”の姿があった。夏場所後、テレビ局から密着取材をしたいと要望を受けた。昨今、力士にはテレビ番組への出演依頼が増えて、出演を望む人も多くなった。だが、先代鳴戸親方(元横綱隆の里)の“硬派”な教えを貫く大関は、迷うことなく断った。ツイッターやフェイスブックなどのSNSをしない自身の哲学はあくまで「親しみやすくなってはいけない」。2場所連続の綱とりで、いやが上にも高まる周囲の騒がしさに、踊らされることはなかった。

 綱とりに必要な最低条件は優勝。「1日は1日だからね。しっかり集中して」と言った。支度部屋で髪を直すと「ヨッシャー!」とさけんで立ち上がり、足早に後にした。まだ始まったばかり。そう、背中に書いてあった。【今村健人】