アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞をはじめ、ロサンゼルス映画批評家協会最優秀ドキュメンタリー賞、全米脚本家組合ドキュメンタリー脚本賞など各映画賞を受賞して話題になった和歌山県太地町で行われているイルカ追い込み漁を題材にしたドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(2009年)は、違法撮影や不法侵入などを行い伝統的なイルカ漁を意図的に悪質に描いたことで、日本の食文化や捕鯨の伝統がゆがめられて海外に伝わったとして、日本でも大きな反響を呼びました。この映画がきっかけで太地町に多くの反捕鯨団体が押し寄せてきてから6年。1人の日本人女性監督が「ザ・コーヴ」への反論として捕鯨問題の謎に迫る「ビハインド・ザ・コーブ」を制作し、このほどロサンゼルスで開催中のグレンデール国際映画祭でアメリカ初上映を果たしました。

 本作が監督デビューとなった八木景子監督は、米大手映画会社に勤務した後、自身の映画制作会社を設立。約4カ月間太地町に住み込んで反捕鯨団体シー・シェパードが地元の漁師らに圧力をかける様子などを撮影すると共に「ザ・コーヴ」のルイ・シホヨス監督らにもインタビューを敢行。撮影、監督、編集をすべて1人でこなし、双方の主張をカメラに収めた八木監督に話を伺いました。

 最初は鯨を食べる事がなぜこんなにも世界から批判されるのだろうと疑問を抱く程度だったという八木監督は、2014年に国際司法裁判所(ICJ)でオーストラリアが日本の調査捕鯨が「商業捕鯨の隠れみの」だと訴えた件で、日本が敗訴した報道がきっかけで、捕鯨問題を題材にした作品を作ることに。「日本古来の習慣、物を無駄にしない精神の下に調査後の鯨は食べてもよいというルールにのっとって調査捕鯨が行われていたにも関わらず敗訴したという報道を見聞きし、『おかしい。何かあるぞ』と疑問を抱きました。捕鯨関係者にその疑問を尋ねても納得いく回答は得られず、更に謎が深まりました」。

 その謎を解き明かすため取材地に選んだのは偶然にも捕鯨の町としても知られる太地町。取材を始めた当初は「ザ・コーヴ」を見ておらず、現地で初めて町の人々が抱える問題に直面したといいます。「純粋に捕鯨の町として取材に行ったので、町の人たちは喜んで協力してくれると思っていましたが、まったくその逆でした。『ザ・コーヴ』がきっかけで町民や関係者たちはカメラやマスコミ嫌いになっていたんです。イルカ漁をしている勇魚(いさな)組合は反捕鯨家団体から「キラー」呼ばわりされ、映画が注目された後はイルカ漁をする彼らを商売として撮影する日本人カメラマンも多数押し寄せ、現地の方たちは不信感の塊になったと聞きました」。

 現地の人々の心の傷を強く感じるとともに偏った映像に対する憤りも覚えたという八木監督は、これまで作為的に作られた「ザ・コーヴ」に対する批判の声がありながらも日本から反論する作品がないことに気づきます。「初めて見た時、随分と一方的な映画だと感じると同時に、技術的には素晴らしいという印象を受けました。今回、私自身が映画を制作する中で感じたことは、単純に相手が悪いということだけでなく、日本側の姿勢にも問題があるということでした。たたけばお金が出るかも、何かあっても黙っている国民性だからと、自らスケープゴートにされやすくしているんです。捕鯨問題が解決しないのは、科学ではなく政治だからです。この作品で伝えたいことは、『事なかれ主義からの脱却』です。日本人は自分が正しいと思った意見でも、はっきりと言わない傾向があります。どんどん進む国際社会の中で、時にその沈黙がアダとなり、事実がゆがめられたままになってしまうこともあります」。

 粘り強い長期取材で見えてきたものがあったといいます。「長期滞在したのは、私とカメラが住民の中に溶け込み、警戒せずに自然な普段どおりの姿を見せてもらえるようにするためでした。その和やかな姿を撮れば世界に伝わっている誤解は解けるのではと思いました。意外だったのは、同様に長期滞在していた反捕鯨家の方が心を開いてフレンドリーに話してくれたことです。想像していた彼らのイメージと全く違っていたので、非常に驚きました」。

 反捕鯨団体は政治家や著名人とつながり、潤沢な資金をもとに一方的主張のプロパガンダ作品をたくさん作ってきたと言う八木監督は、スポンサーのない個人制作の映画だからこそ伝えられることがあると言います。「捕鯨論争における双方の意見を取り上げた本作は、違う側の意見を発信するという意味で重要な試みだと思っています。8月にモントリオール国際映画祭で正式上映された際には、『反対側の意見も聞いてみたかったので見られて良かった』という意見もあったほか、外国特派員協会のプレスイベントでも『勉強になった』と意外な反応が返ってきました。一方で、シー・シェパードの創立者ポール・ワトソン氏は『子供じみたナショナリストのカンシャク映画だ』と自身のフェイスブックで批判しています」。

 自分と異なる意見を聞く柔軟性がアメリカ人にはあると信じているという八木監督は、今秋にロサンゼルスとニューヨークで同作の劇場公開を予定しており、それに向けて現在クラウドファンディングによる資金集めを行っているといいます。「日本国内で捕鯨問題に不満あっても、アメリカのように映画という形で発信することはこれまでありませんでした。イルカや鯨はかわいくて美しいという感情はあって当然ですが、逆に動物差別を行っていませんか? と世界に問いたい。この問題は国というレベルを超えて地球人全員が共有するべき問題だと思っています。この作品がアメリカで上映されることで、イルカや鯨が異常なまでに特別視されている欧米の現状に一石を投じることができればと願っています」。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)