23日に実母宮沢光子(みやざわ・みつこ)さん(享年65)を肝腫瘍で亡くした女優宮沢りえ(41)が25日、出演舞台「火のようにさみしい姉がいて」(東京・渋谷シアターコクーン)の本番に臨んだ。24日に死去を公表後、初めての舞台。母の死を乗り越え、より研ぎ澄まされた演技で満員の観客の心を揺さぶった。

 カーテンコールで深々と頭を下げた。母光子さんの死を乗り越え、さらに進化した女優宮沢りえがいた。

 今月6日の公演初日。母の姿はなかった。11歳のデビューから常に寄り添い、「りえママ」と呼ばれた光子さんは、りえの舞台の初日、千秋楽は必ず客席から見守っていた。その時、光子さんは肝腫瘍で自宅で闘病中だった。舞台を終えると、自宅で母を看病する毎日の中、りえの演技は研ぎ澄まされていった。

 光子さんは肝腫瘍の診断を受けたが本人の意思により、自宅療養を続けていた。通夜・密葬は近親者だけですませたという。亡くなった23日もりえは昼夜2回、舞台に立った。共演者らに母の死を伝えることなく、いつも通りに演技した。そして24日夜の公表後、初の舞台となったこの日、完璧な演技をみせた。凜(りん)としてたたずむ姿の美しさは開幕当初よりもさらに際立ち、エッジの利いた演技で見る者の心を揺さぶった。ギアが入り、より高いステージに立っていた。

 09年「パイパー」では妊娠6カ月で舞台に立った。降板を勧める周囲の声に耳を貸さなかった。今回も降板の選択肢もあったが舞台に立つことを選んだ。24日は今回の公演で3日しかない休演日。心置きなく、母を送り出した。

 公表時に出した直筆コメントで「最期に、生きるということの美しさと、凄(すさ)まじさと、その価値を教えてもらいました。そういった全ての宝物を胸に、私は役者として、母として、女として、惜しみなく生きようと思います」とつづった。この日、劇場を出入りする時、取材陣に会釈で応じた。女優として惜しみなく生きる、りえの第1歩だった。【林尚之】