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第356回     菅原文太  
2003.04.06付紙面より


菅原文太

欲を捨て身軽になれ

 映画「仁義なき戦い」で一時代を築きた日本映画界のトップスターは潔く、無欲の人だった。俳優菅原文太(69)。5年前から移り住む飛騨の山里で、不況に苦しむ日本人を見つめ、欲を捨てて身軽になれという。俳優として公開中の映画「わたしのグランパ」で9年ぶりに主演復帰した。圧倒的な存在感は健在だが、36年間連れ添う夫人には叱られっぱなしという人でもある。

 写真=カメラマンは汗をかく。ましてや相手が、大物の文太さんとなればなおさらだ。部屋はまだ寒かったが、動きやすいよう初めからTシャツ1枚で臨んだ。インタビュールームに入ってきた文太さんは、私にチラッと目をやると状況を素早く察し「温度を上げよう」と言ってくれた。おかげで快適、撮影中も汗はなし。ところが、時がたつにつれ文太さんの額に光るものが…。そして上着を脱ぎ出した。しかし、一言も言わず記者のインタビューに応じている。さりげない気遣い、ありがとうございました。=撮影・宇治久裕


月10万以下

 東京は桜の花も見ごろになり、すっかり春らしくなった。文太が住む飛騨の山里(岐阜県清見村)は今でも雪が残る。新幹線などを乗り継ぎ東京から5時間。俳優の仕事にはお世辞にも便利な場所とは言えない。5年前の春、東京・麻布のマンションを手放した。文子夫人の「東京を離れて2人だけの人生を考えましょう」という言葉がきっかけだった。全国を探したが、思うような場所が見つからず、20年前に購入した土地に建てた飛騨の別荘を改築して移り住むことにした。

 「女房のケツにくっついて行ったんだよ(笑い)。俺も(東京暮らしは)飽きたかなというところはあった。年もとったし、そろそろ東京ともおさらばかなって。行き先はどこでもよかった。別荘があったから、もったいないんでそうしたんだ。東京は(仙台から)出てきたばかりのころは田舎みたいなところが残っていたけど、今はもう何十階建てのビルがずらっと並んで、息が詰まりそうじゃないか。東京駅に着いた瞬間に人の波も、うわっと迫ってくるしな」。

 春になると雪の間から草花が芽吹き出す。近くを流れる川は、穏やかな陽光をキラキラと反射させる。四季折々の変化も肌で感じ取ることができる。牧場に飼われた牛の数より少ない人口2500人ほどの鄙(ひな)びた村。田舎暮らしを心から楽しんでいる。  「要するにごろごろしてるんだよ。焼酎を飲んだりしてな(笑い)。空気がいいと酒もうまいよ」。

 米は「宮城米応援団長」を務める故郷仙台から「食いきれないほど」送られてくる。畑仕事が好きな夫人が育てる新鮮な野菜も毎日食べられる。「酒だって誰かしらが『一杯飲みましょうよ』って持ってきてくれる」。寒くなれば「自分の山の木を薪(まき)にすればいいだけだよ。あとはみそとしょうゆを買ってくればいい。山から1歩も出なきゃ、月に10万円もかからないよ、本当に」。


風潮に反発

 映画「わたしのグランパ」の出演依頼が届いたのは昨年の春。出演依頼はいつも電話や手紙で届く。マネジメントも担当する夫人から「どうしますか?」と相談されると大抵は「断ろうかな。でもせっかく(脚本などを)送ってくれたから読んでみようか」となる。「読んでみると、今さら俺がでしゃばってやるようなことじゃないことがほとんど。悪いけど断ってくれ」となる。

 ところが今回、原作や脚本の最初に登場する「囹圄(れいぎょ)」という言葉に引っ掛かりを覚えた。囹圄とは現在ほとんどお目にかからない言葉で「牢屋(ろうや)や獄舎」のこと。「懐かしい言葉だなあって興味がわいて読んでいくと、この言葉をキーワードに話が展開する。主人公も痛快だし、やってみるかってね」。  そう思えたのは日本語を大事にしない風潮に不満を持っていたからだ。「この間もテレビで女性アナウンサーが貪欲(どんよく)を貧欲(ひんよく)って読んでいたんだ。少なくとも大学は出ているんだろ? 貪欲すら読めない。確かによく似ていて、うっかり読んでしまうかも知れない。そういうことを平気で許しているテレビ局も何だか悲しいよな」。

 演じた主人公は、正義感あふれ、情に厚く、潔い。無欲で屈託がなく、人を引きつける。文太自身のイメージに重なっても見えた。

 「(重なるといえば)まあ、無欲ってことかな。生きてりゃ、うまいもの食いたい、いいもの着たい、温かい布団で寝たい。それぐらいのうちはいいけど、やれ外車が欲しい、でかい家が欲しいなんてきりがなくなってくる。ゼロとは言わないけどもっと身軽にならなきゃダメだな。みんな(欲を)袋にぎゅうぎゅう詰めにして歩いている。1度肩から下ろして開けて見たらギョッとするんじゃないか。御飯とみそ汁と納豆でもあれば十分暮らしていけるだろ。制御できない果てが、今の日本の姿だよ。だっておかしいじゃねえか、世界中で日本がルイヴィトンの売り上げが一番なんていうのは。異常だよ。日本製のカバンで何が悪いんだって。子供は楽しいんだろうけど、ディズニーランドやハウステンボス、どっかにスペイン村なんていうのもあるけど、ここは日本だよ。こんなことやってるの日本だけじゃないの」。

 2年前に「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)で声優に初挑戦した。「現代人が心の中でもやもやしていることに対して宮崎流の刃(やいば)を突きつけてきたよな。うまいものばかり食べてちゃダメだって。今は金を儲けることばかり。ベンチャー企業って言うけど、要は冒険じゃなくて、どうやったら一発で儲かるかだろ。どこかが間違っているんだろうな」。


五分の関係

 無欲、潔さは、俳優人生にも表れている。映画出演は220本を超える。人気を決定的にしたのは主演作「仁義なき戦い」(深作欣二監督)シリーズ。第1作が73年に封切られ、全5作はいずれも大ヒット。文太はこれを機にトップスターとなった。

 「監督と俳優の関係が五分五分だったね。俳優の意見も聞き、無茶と思える監督の要求も納得すりゃ、やる。そういう意味で言うと合作なんだよな。(わき役の)川谷拓三やほかのみんなも、目立ってやろうって魂胆でいろいろ言ってくる。深作監督も内心喜んではいるが、『そこまで言うならやってみろ、バカヤロー!』ってな(笑い)。それで良かったら『お前の言う通り。よし、これで行こう』となる。たまに俺も自分の出る幕がない方が面白いぞってけしかけたりしてな(笑い)」。


生き方問え

 スクリーンで演じてきた役柄は、カリスマ性あるものばかり。私生活でも亭主関白かと思いきや、意外にも叱られっぱなしの毎日だという。普段は猫背の文太は「ちゃんと背を伸ばして歩きなさい」と叱られる。テーブルに肘(ひじ)をついて食事をしていると「そんな格好で…」。好きな酒を飲んでいると「ここまでにしましょうね」とやんわり杯を取り上げられる。「だらしがないって怒られてばっかりだよ(笑い)。言うことはごもっともだからその通りでございますってなもんだよ。なかなか改まんねえけどな(笑い)」。

 歩くことが好きだ。「わたしのグランパ」の撮影でも迎えの車が到着すると「俺はいいよ、歩いて行くから」。困り顔の運転手に「先に行ってなよ」と言ってすたすたと歩き出す。車も持っていない。東京に来ても移動はもっぱら徒歩か電車、地下鉄を利用する。「2〜3 キロ は平気だね。何の説明もしないから、付いてくるやつ(スタッフ)も、このオッサンどこまで行くんだろうって思ってるんだろうね」。

 今回の映画では立ち回りも披露した。日々の鍛錬を想像させるが「ジムなんか行かない。嫌いなんだ。歩くことが鍛錬につながっているのかねえ。若いころはギラギラしてたって? そりゃそうだよ、60歳、70歳になって、まだギラギラしてるジジイがいたら気持ち悪くてしょうがねえじゃねえか。年なりに変わっていかなきゃ」。

 最近は映画への興味も薄くなってきた。「今やイラク戦争だって次々と情報が入ってきてドキドキさせるじゃないか。そうすると映画とかドラマとか、のん気でねえ(笑い)。若いやつには、男と女が滑った転んだってのは大きなテーマかも知れないけど、もう少し迫力のある、人間の生き死にみたいな、生き方を問いかけてくるようなものを考えないとな」。

 今後のことを聞いた。

 「今回の映画で終わりでもいいと思っているよ。飛騨で暮らしている分には生活に困らないしな。昔から仕事に関して自分からやりたいと仕掛けたことなんてない。黙って連絡があるのを待っているだけだよ。充実してるって? それはどうかな。メリハリもないねえ。あったら女房にしょっちゅう怒られないよな、多分(笑い)」。


 気を暖ませた時の笑顔がとても魅力 「わたしのグランパ」を演出した東陽一監督(68) 大スターの風格はもちろんお持ちなのですが、厳しく怖いという印象とは別に、ふと気を暖ませた時の笑顔がとても魅力的な方なんです。私は初めて組んだのですが、きっとそういう人だろうと思って今回、出演依頼をしたんです。撮影現場で若い男優たちは相当びびってましたが、女優、特に若い人たちが「文太ちゃん」という感じで接していて、楽しそうにされてました。

◆「わたしのグランパ」◆

 「わたしのグランパ」は第51回読売文学賞を受賞した筒井康隆氏の同名小説の映画化。

 13年の服役から出所してきた五代謙三(菅原)と孫娘珠子との心の交流を描く。謙三が帰ってくると、町の人たちは温かく迎え、珠子の中学のいじめや校内暴力もなくなった。学校も町もなぜか変わっていった。珠子も徐々に謙三の不思議な魅力に引かれていく。その謙三は13年前暴力団から奪った金を屋根裏に隠していた。ある日、珠子は金の行方を追っていた暴力団にさらわれる…

 人情深く、まっすぐな謙三の生き方が、現代人に忘れていたものを思い起こさせる作品。

 文太の13年ぶりのアクションにも注目。暴力団、学生相手に立ち回りを演じる。役柄については「共感できる。あんな風に生きられたら俳優なんかやるよりよっぽどいい」とほれ込む。

 孫娘珠子を演じるのはホリプロスカウトキャラバン・グランプリの新人女優石原さとみ(16)。日本を代表する映画俳優の文太を相手に堂々とした演技を見せる。石原は「こんな祖父がいたら? 絶対好きになっちゃいますよ〜」。波乃久里子(祖母)平田満(父)宮崎美子(母)ら五代家家族も味のある演技で物語に深みを持たせる。筒井氏は「(自分の原作の)『時をかける少女』に匹敵する話題作になるだろう」と話している。


 ◆菅原文太(すがわら・ぶんた) 本名同じ。1933年(昭和8年)8月16日、宮城県仙台市生まれ。早大中退後、新東宝にスカウトされ、58年「白線秘密地帯」で本格デビュー。67年に東映入り。69年「現代やくざ・与太者の掟」で初主演。72年「人斬り与太」(深作欣二監督)でスターの仲間入り。73年の主演映画「仁義なき戦い」がシリーズ化され大ヒット。75年スタート「トラック野郎」シリーズも大ヒット。同年ブルーリボン主演男優賞。以後「太陽を盗んだ男」「青春の門」「鉄拳」などに出演。テレビドラマは80年NHK大河ドラマ「獅子の時代」などに出演。66年文子夫人と結婚。177センチ。


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(取材・松田秀彦)
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