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V川崎が広島を下し、2年連続Jリーグ王者!

 <チャンピオンシップ:第2戦>◇94年◇12月2日◇国立
ヴェルディ川崎 0−0
1−0
サンフレッチェ広島

V川崎が連覇を達成。加藤久(左)がカピトン(中)ぺレイラ(右)との「100歳」最終ラインで奮闘した。広島の縦の突破を体を張って封じ、
2戦連続完封に大きく貢献

左足負傷のラモスが芸術的ループシュート

 自作自演のドラマを、ラモス瑠偉(37)が完結させ、川崎を2年連続日本一に導いた。引き分けでも優勝決定の川崎は後半35分、 試合直前まで出場が危ぶまれていたラモスが、絶妙のループシュートを決め決勝ゴール。左大たい部肉離れで練習もできず、いきなり 試合に臨む「最悪の状態」(ラモス)だったが、最後はキッチリ自分のゴールで締めくくる千両役者ぶりを発揮した。

 戦りつが体を走る。興奮のあまり目がかすむ。抱きついてくるイレブンの体で視界をさえぎられもした。だが、そんな中でも、ラモスは必死で 背番号5を探した。タイムアップのその時だった。相手ゴール前でその瞬間を迎えたラモスは足を引きずりながらセンターサークルへ、 やっとたどりついた。僚友・加藤久と熱く、かたい抱擁。1分たっても2分たっても離れない。それは左大たい部に、ガチガチに固定されたテーピン グよりも、はるかにかたかった。

 「気」だけが頼りだった。長年の大親友・加藤久のラストゲーム。「久ちゃんのために、何とかしたかった。そのためなら命を捨てても惜しくないと 思った」。表彰式のセレモニー終了後、インタビューに答えたラモス。僚友にささげるゴールは、ラモスのサッカー人生の集大成のゴールでもあっ た。

 第1戦のスルーパスに続く芸術品のゴールは、後半35分に生まれた。ゴール中央でビスマルク(25)が相手DFと競ったこぼれ球が、目の前 に来た。相手GKのポジションを確認。浮き球をループシュートで巻いた。高さ、強さ、描いた放物線の角度……。どれをとっても寸分の狂いも ない絶妙のシュートが、相手GKの頭上をフワリと越え、ゴールマウスに吸い込まれた。事実上、チャンピオンシップの終えんを告げるファイン ゴール。猛烈なダッシュでベンチに駆け寄り、手荒い祝福のあらしを受けた。「あの高い技術があってこそのハートなんだ。若い選手にはあの 技術に対する向上心を見習ってほしい」(川淵三郎Jリーグチェアマン)。重鎮をうならせた決勝ゴールだった。

 試合終了後のセレモニー。ここでもラモスの独壇場だった。加藤久を胴上げすると松木安太郎監督(37)ネルシーニョ・ヘッドコーチ(44) フラビオ・フィジカルコーチ(45)……。痛い足をかばいながらの胴上げ。そして足を引きずりながらのビクトリーラン。最後の最後までフィールド はラモスの独り舞台だった。

 奇跡の現場復帰は、首脳陣と、そしてほかならぬラモス自身の「演出」がもたらしたものだった。11月26日の初戦でリーグ戦中から痛めて いた左大たい部を断裂。その試合終了後、「もう次の試合は無理。治療に専念するよ」と言い残し、翌27日から前日1日までの5日間、つい にラモスが練習グラウンドに立つことはなかった。治療に専念するつらい日々。松木監督もこの日のスタメン発表まで、ラモスの欠場を示唆し ていた。

 だが、すでにこの日の出場は、26日に決まっていた。ネルシーニョ・コーチが舞台裏を明かす。「この前の試合が終わった時点で、今日の出場 は決まっていたんだ。彼が決定的なプレーをしてくれるのは分かってたからね」。最後まで広島をあざむく陽動作戦を貫き、ラモスも前夜、 宿舎で「ネルシーニョからは明日は出さないと言われた。残念だけど仕方ない」とひと芝居打っていたのだった。

 だが、それでも左足は最悪の状態だった。前夜は日本代表の武井経憲ドクターから深夜まで治療を受けていた。試合直前になっても、 足は心なしか引きずったまま。なえかけた心を奮い立たせていたのはスタンドで見つめる家族の姿だった。「今回ばかりは無理でしょう」と自 宅でも夫の痛がる姿に声もかけられなかった初音夫人(34)。そして長男ファビアノ君(8)と長女ファビアナちゃん(6)。左の腕には「はつね」 の入れ墨、そしてスパイクにもマジックで、二人の子供の名前を記して臨んだ一戦だった。

 「いろいろな人に支えられました。奥さんと武井ドクター、本当にありがとう。そして残念ながらヴェルディと今日でお別れする加藤さんにこの ゴールを差し上げたい」。カクテル光線を浴び、満員の観衆にあいさつするラモスの目にキラリと光るものがあった。だが、この男の挑戦は続 く。明日4日から始まる天皇杯を制しての3冠、そして日本代表への復帰。37歳の大ベテランは、熟練された技にさらに磨きをかけフィールド に戻ってくる。【渡辺佳彦】

(写真=V川崎が連覇を達成。加藤久(左)がカピトン(中)ぺレイラ(右)との「100歳」最終ラインで奮闘した。広島の縦の突破を体を張って封じ、 2戦連続完封に大きく貢献)



 <チャンピオンシップ:第1戦>◇94年◇11月26日◇広島ビ
ヴェルディ川崎 1−0
0−0
サンフレチェ広島

ラモス芸術的なスルーパス一発で王手!

 ラモス瑠偉(37)の芸術的なスルーパス一発で、ヴェルディ川崎がサンフレッチェ広島に先勝した。川崎は押され気味だった前半35分、 ラモスのスルーパスをゴール正面で受けた北沢豪(26)が確実にゲット。とらの子の1点を守り切り、2年連続日本一へ前進した。痛めてい る左大たい部に試合前、ハーフタイムと2度にわたり痛み止めの注射を打って出場したラモスは「次の試合は出られないだろう」と完全燃焼。 第2戦は12月2日、国立競技場(午後7時キックオフ)で行われる。

 「ドクター、注射。注射を頼む!」。ハーフタイムの川崎ロッカールーム。ラモスの声に、福林徹チームドクター(47)が即座に反応した。痛み 止めの注射を打たないことには、フィールドに戻れないほど、左大たい部の激痛は、極限に達していた。

 「正直な話、最悪だった。アカン、恥ずかしいよ。あんなプレーしかできなくて」。試合終了後のラモスは、自責の念にかられるように、何度も うつむいた。ダッシュはほとんどできない。運動量はおそらく、選手生活で最低のものだったに違いない。だが、たった1本のパスでゲームを 決めてしまう。だから「ミスターヴェルディ」。広島の知将・今西和男総監督(53)を「あの1本だけでやられた」と嘆かせた絶品のスルーパスを 前半35分に見せた。

 ペナルティーエリアの外、やや右寄りでビスマルク(25)の横パスを受ける。分厚いシフトを敷いた広島DF網をあざ笑うかのように、トーレ (25)と柳本啓成(22)のちょうどド真ん中に、スルーパスを通した。言葉はいらない。視線なんか合わせる必要もない。まさに阿吽(あうん)の 呼吸。「よくあそこに走り込んでくれた」(ラモス)という北沢が、確実にゴールを割った。歓喜の輪に加わるラモスの足取りは、フラフラだった。

 それまでの35分間、広島のシュート数5本に対し、川崎は前半7分、CKを合わせたペレイラ(34)のヘディングシュートと北沢の2本だけ。 トータルでも6本対10本と「アウエーの戦い」を強いられながらもたった1本の芸術品のパスが勝利をもたらした。

 試合前にも、筋肉をやわらげるための注射を打っていたラモス。だが、アクシデントは開始早々にやってきた。「本当は前半の5分で、もうダ メだったんだ。ダッシュした時におかしくして…。ホント恥ずかしかったよ。スルーパス? アレはまぐれさ」。それでもハーフタイムに、松木安太 郎監督(36)から「足の状態はどうだ? 5分でも10分でもいい。できるところまでやってくれ」という言葉に「あんなプレーしかできないけど」と出 場を直訴。1億円プレーヤーとしての責任感から、まさに満身創いの体にムチ打ってのフル出場だった。

 司令塔のラストパスに反応した北沢も、「ラッキー、運が良かっただけだよ。それよりラモスさんのボールを決められてうれしいよね」と、決めて 当然と言わんばかりに、スルーパスを持ち上げた。1億円プレーヤーとしてのプライドも、ラモスから引き継がれたものだ。昨年の契約更改。 クラブ側が提示した1億円を数百万円下回る額にも、ガンとして首を縦に振らず、1カ月近く粘り抜いた末に念願の大台を勝ち取った。日本代 表でベンチ要員になっても腐ることなく精神的にも大きく成長。ケガに泣かされた昨年とは変わって、今季は37試合に先発フル出場。ラモスの 「プロ魂」を受け継ぐ男に相応した一撃だった。

 使命ともいえる連続日本一に大きく前進した。すっかり気弱になってしまった?ラモスは「今のヴェルディはボクがいなくても大丈夫。次の試合に は間に合わないと思う」と来月2日の第2戦のリタイアを示唆した。1勝と引き換えにした代償は大きそうだが、この男は必ず戻ってくる。そして勝利 の美酒を味わうイレブンのド真ん中で歓喜の雄たけびを上げるはずだ。【渡辺佳彦】

日刊スポーツ紙面で振り返るチャンピオンシップ




  • 1993年 ヴェルディ川崎−鹿島アントラーズ
  • 1994年 ヴェルディ川崎−サンフレッチェ広島
  • 1995年 横浜マリノス−ヴェルディ川崎
  • 1996年 鹿島アントラーズ(1シーズン制のため開催なし)
  • 1997年 ジュビロ磐田−鹿島アントラーズ
  • 1998年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 1999年 ジュビロ磐田−清水エスパルス
  • 2000年 鹿島アントラーズ−横浜F・マリノス
  • 2001年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 2002年 ジュビロ磐田が第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし
  • 2003年 横浜F・マリノスが第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし

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