全国高校サッカー選手権が、今年度も熱い。出場校の選手たちは新年のお祝いもほどほどに、除夜の鐘を聞くこともなく寝たことだろう。大みそかの1回戦では優勝候補の市立船橋(千葉)と京都橘が激突(市立船橋が1-0で勝利)、1万6000人を超える観衆がフクアリに訪れた。

 昨季、浦和に高卒の選手が加入した。MF伊藤涼太郎(18)。作陽高(岡山)では2年生で背番号10を背負い、同大会に出場。才能を買われて3年の8月に浦和に呼ばれ、中大との練習試合に45分間出場し、1ゴール1アシスト。名門クラブ入団を勝ち取った。リーグ屈指の戦力を誇る浦和ではそこまで4年間、ユースからの昇格者ではない高校生は入団していなかった。壁を破った。

 1シーズンを終えた。伊藤の出場は、リーグ戦の途中出場1試合だった。「ここに入る前に思い描いていたプロサッカー人生とは、全然違いました」。MFには柏木陽介、阿部勇樹らそうそうたるメンバーがそろう。割ってはいるのは至難の業だ。苦戦は覚悟の上。それでも、1年間でここまで試合に出られないのは初めての経験だった。「高校を卒業するときは、1年目からばんばん試合に出て貢献できる選手になることを思い描いていた」。入ってからの壁はさらに厚く、高かった。

 高校を卒業したばかり。慣れない部分は他にもあった。「普通のサラリーマンの方と比べて仕事が短いというか、練習が1日2時間くらい。それで試合にも出られていないのに、こんなにお給料をもらっていいのかな、と」。戸惑い、申し訳なさ…さまざまな感情を苦笑いで包んだ。18歳で初めて飛びこんだ社会がプロの世界。1年目は、ピッチ内外で経験の時間となった。

 練習では決まって最初にクラブハウスから出てくる。開始1時間前に到着し、ボールに空気を入れ、ドリンクを準備する。「一番若い選手がやることになっているので、仕事の一部です」。いわゆる雑用の仕事も笑顔でこなす。だがサッカーは違う。「ピッチに入ったら年齢は関係ない。ピッチ内では上に立つような選手になりたい」。先輩への敬意を忘れず、自身の立ち位置を冷静に見る。

 チームは昨季、ルヴァン杯を制し、リーグでは年間勝ち点1位を獲得した。「優勝は本当にすごい。自分は、喜んでいる先輩たちを見返してやるくらいのつもりでやっている。来年は結果にこだわりたい」。困難を前にして、まなざしに力が増す。生き生きとした若武者が羽ばたくための1年が、静かに始まった。【岡崎悠利】


 ◆岡崎悠利(おかざき・ゆうり) 1991年(平3)4月30日、茨城県つくば市生まれ。14年入社。主に浦和、柏、東京Vを担当。小学時代に所属したサッカー少年団ではGK。新潟GK川浪吾郎は近所のチームで、しばしば対戦。60メートル程度のコートながら、ゴールキックがそのまま自分のところまで飛んできたことも。